Recollection.32 明日の行方Ⅱ

 予想外の現れ方をした明人に、七海は、どう答えたら良いのか迷った。
 彼の意図が分からない。
「少し、話そう?」
 沈黙していると、明人が更に言葉を付け足した。
(どっちにしても、このままじゃ中途半端か…)
 大きく一つ、深呼吸した。
 昨日は咄嗟に逃げ出してしまったが、最悪の結果だろうが、それ以外だろうが、知らないままでいると、ずっと先までわだかまる気がした。
「わかった。…行くよ」
 夕暮れの道を歩く。
 どこからともなく漂ってくる夕餉の支度を整える匂い。
「あの…さ、多分誤解してると思うけど」
 いつもはぽんぽん軽口を叩く明人が、妙に歯切れの悪い口調で切り出した。
「何が?」
「昨日だよ。お前、俺の顔見るなり逃げ出したじゃんよ」
 バツの悪そうな顔で、明人が目を逸らす。
「誤解じゃないんだろ。  多分」
「だから、それが誤解なんだって! 昨日いたのは、同じ店の仲間! 二人して交代で風呂入ってたのは、お互い髪の染め合いしてたからだ」

     え。

「染め…?」
「練習も兼ねて、自分らでやんの! だからあんなカッコになってたんだよ」
(練習で注射針の刺し合いするみたいなものか?)
「俺の頭をよく見ろって。色変わってっしょ?」
 言われてみれば、前より若干落ち着いているような。
「でも、こんな薄暗いとこで見てたら分からないよ」
 というより、七海はそういうものに疎い。
 少々の変化ではまず気付かない。
「まあ、ちょっとだからな…」
「じゃあ、その友達が言うところの、『混ざれば?』って何だった訳?」
「それは、実験台が増えるから! 応募用に撮ったスナップ見てるから、七海の顔知ってたし」
 珍しくフザケ無しで必死に訴えるので、本当なのだろうか。
 それとも、ムキになるのは嘘だからなのだろうか。
 どうなのだろう。
 でも  
「…分かった。納得することにする」
 とりあえず信用してみることにした。
 彼は、意外と嘘は吐かなかったから。
 良いことも悪いことも、軽く口にする。
「僕は、謝りに行ったんだ。一昨日、仕事…持ち込んだから」
 その結果はなかなか滑稽だったけど。
「それは…ごめん。あの後、仲間内で騒いでるうちに眠り込んじゃってさ…。目、覚めたらもう夕方になってたんだわ。でも、一応明け方までは携帯気を付けてたんだけどな。お前、掛けてこなかっただろ」
 向こうは本当に電話を待っていたらしく、掛けて来なかった事に対して、意外そうな顔をしていた。
「…怒ってるかと思ったから。何となく掛けれなかった」
「別に、そんなんでしつこく怒らねぇよ。ただ、お前は仕事してんのに俺が一緒にいても、すること無いし」
「そりゃ、そうだ」
「そんな気にしてるとは思わなかった。ごめん、悪かった」
「別に、いいよ。何か、お互い様って感じだし  
 七海が応えたその言葉尻に被って、明人が口を開いた。
「…でも、俺はやっぱり二人でいる時は、他の事考えないし、考えて欲しくないんだよな」
 そして、更に言葉を付け足した。
「七海も俺も、やっぱ普通に働いてんだし、なかなか時間が合わなかったりすんのは仕方ないけど、その分一緒にいる時間は独占したいんだ」
「それは…難しいよ。いつ呼び出されるか分からないし、普通の勤務が終わっても、それ以外でやる事はいっぱいあるし   明人だって、そうじゃないのか? 研究したり、練習したりするだろ」
 例えば、昨日みたいに。
「それでも、最初に頼んだ件以外で七海と一緒にいる時はしないだろ。つか、第一、お前そんな真剣に仕事してた?  性格的にサボれないだけで、結構イヤイヤやってんじゃなかったか?」
「それは…」
「イヤイヤやってる仕事のが、俺より優先すんの?」
「そうじゃなくて  
「俺には分かんねぇよ。俺は、自分のしたいことしかしたくないし、そういうとこで嘘吐くの嫌いだし」
 七海が答えに詰まると、明人は更に畳み掛けてきた。

 何だろう。

 返す言葉に詰まってしまった。

(イヤイヤとかじゃなくて…。
 ………………何だろう)
 自分自身の答えが出せていない。

    何?

 もう少しで手が届きそうなのに。
 重くて、怖くて、逃げ出したくて  それでも、その場所を動けない理由が。


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