Recollection.23 世界の切片
4日後。
七海は明人の部屋の前に立っていた。
「いらっしゃい」
ノックするよりも早く、明人がドアを開けた。
「…びっくりした」
「七海の足音が聴こえたから。言ったろ? ここ壁薄いから響くって」
明人が笑った。
「足音ね…」
聴こえたか聴こえないかより、よくそんなものが鑑別できるものだ。
「早く中入れば?」
腰を掴まれ、ドアの内側へ引き入れられた。
「えっ?」
ほぼ同時に、七海の背後でドアが閉まった。
そして、空いた手が七海の頭を後ろから押さえる。
「う…ん…」
抗議の言葉よりも早く、明人の口唇が七海のそれを塞いだ。
濡れた感触が、過ぎた夜を蘇らせる。
腰を掴んでいた手が、シャツの中に滑り込だ。
肌に直接触れる掌の温度。
「……ぁ…っ」
触れられた途端、身体は痺れたように動かなくなってしまった。
されるがままに、身に着けられていた衣服が剥ぎ取られていく。
「今日は抵抗しないの?」
おかしそうに明人が笑う。
七海は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
「うるさいな…っ!」
視線だけ睨み上げたところで、身体にはまるで力が入らない。
いとも容易く相手の手中に落ちていく。
(絶対こうなるって分かってた)
分かっていて、来てしまった。
これが恋かと訊かれたら、それは分からない。
『シルシ』と称した赤い咬み傷が、呪いを掛けたのかもしれない。
ただ、狭い小さな四角い部屋は、その日も暑くて。
暑くて暑くて暑くて、ぐちゃぐちゃに絡まった事象の糸が蒸し返す熱気に溶けていく。
その感覚だけが鮮やかだった。
それが、始まり。
通り過ぎようとしている夏を追うように、二人はどこか急いでいた。
それこそ、彼の残した赤い痕が時限装置だとでも言うように。
当直明けの朝。
1、2時間の休憩。
日直で終わる勤務の夜。
明人は、頻繁に七海を連れ出した。
そして、オフの日には彼の部屋を訪れる。
僅かな時間を惜しむように、何度も深い場所で求め合う。
彼は、七海に纏わりつくしがらみの細い糸をいとも容易く焼き払う。
何度でも焼き払う。
『先の事は何一つ考えない』
『ただ、今が楽しければい良い』
明人の腕の中にいるのは、とても楽だった。
そして、明人と深く繋がる度、後ろめたさを感じていた。
切り取られた世界の隅っこ。
小さな四角い世界の切片。
クローズした箱の中は、ただ生温く空虚なだけ。
それは、解放と崩壊の始まり。