Recollection.3 宇宙人
津守明人の住まいは、東京の中では下町 昔ながらの安アパートが立ち並ぶ古い街並みの一角にあった。
彼が借りている部屋はその中でも特に年代物の建物だ。
アパートの隣が同じ大家の所有する駐車場で、彼は、部屋とセットで借りて割引してもらってる、と笑った。
車庫に車を入れ、七海は車のキーを所有者に手渡す。
「センセイ、ありがとねー」
受け取りながら、やはり彼は笑っていた。
「いいけど、何でまた出かけたりしたんですか。安静にしてろって言いませんでしたっけ」
車がどうという以前に、昼間あれだけの大量出血をしておいて、何故その日の夜に出歩いているのか。
それ自体が問題行動だ。
「出かけてないけど? 俺、今、アンタっちの病院の帰りよ? 点滴受けてる間に寝ちゃったみたいでさ。病院行くのに車乗ってったから、運転しないと帰れなかったんだもん。病院に車置きっぱにしたらマズイっしょ?」
「……は?」
七海は一瞬耳を疑った。
「俺、自分で運転して病院まで行ったんだって。さっきセンセイに声掛けたのは、病院の帰りだぜ?」
何でもない事のように、やはり彼は笑った。
寝てたのは別に問題ではない。
「あんたばかかっ! 血ダラダラ流しながら運転すんな!」
呆れた。
呆れた。
呆れた。
「あー、また怒られちゃった。でも、ほら、たかが切り傷ぐらいで救急車も呼ぶわけにもいかないじゃんね。タクシーは血なんか流してると嫌がられるしぃ」
「あんた、そのたかが切り傷でさっき死にかけたんだよ! 自覚しろよ!」
ちゃらんぽらんな割に、妙なところに気を遣う男だ。
(変なヤツ!!)
「でーも。センセイも、"たかが切り傷、外来待って入れ"…とか考えてたろ?」
ニヤっと、嫌な笑顔で皮肉を言われた。
バレていたようだ。
「う…。まぁ…ちょっとは、思った。けど、すぐ改めたよ!」
ムキになる七海に、津守明人は顔の筋肉を緩めた。
「センセイ、正直だねー。一蹴しちゃえばいいのに」
何だろう。
彼は妙に嬉しそうな顔をした。
やはりどうも揶揄われているようだ。
「…じゃあ、帰る。お大事に。明日もう一回普通の外来で病院行けよ」
これ以上関わってはならない気がする。
七海には理解できない人種だ。
いや、きっと宇宙人だ。
相手にしてはいけないのだ。
そそくさと踵を返した七海の肩を、津守明人が掴んだ。
「待ってよ、センセイ。晩メシオゴるっつったじゃん」
何だって?
七海の頭は今度こそパニック状態に陥った。
(何で、僕が、この男と、夕飯?)
あり得ない。
宇宙人と夕食を共にするなど。
どこへ連れて行かれるか、分かったものではない。
「どっちみち、この時間じゃ外食でしょ? 一人より二人の方がメシってうまく感じない?」
へらっと笑うと、図々しいその男は、七海の腕を掴んで歩き始めた。
(何でこうなるんだ!?)
訳の分からないまま、七海はずるずると宇宙人こと津守明人に引きずられて、いずこかの店へと連れ去られてしまった。
(ああ…本屋行き損なった…!)
無い暇の中から自分の時間を確保しなければならない身の上、これは痛恨のミスだ。
これで、ささやかな楽しみであるその本を、いつ手に取れるのか見当もつかなくなった。
全く、
後悔先に立たず。
後悔役に立たず である。