
scene.7
頭上で砂利を踏むタイヤの音が聞こえて、千里は回想から引き戻された。
先刻、慌しく出て行った車が戻ってきたらしい。
千里は溜息を吐いた。
(あの時、大崎が言ったことは、間違ってない)
あの頃の千里は、『何でこんな学校に来ちゃったんだ』という気持ちで頭がいっぱいだった。
また、やる気の無さや、不承不承在籍しているのだと、常に前面に出していた。
それが、それこそ血の滲む様な努力をしている級友達の反感を買っている事を分かっていながら、それでも止めなかった。
自分の行動が、攻撃されるに値していた事を、今更気付く。
随分子供じみた態度だったと、今なら分かる。
どうしてあんな事件が起きたのか、今なら理解する事が出来る。
自分自身の傲慢さが周囲を傷付け、我が身に返ってきた。
それだけの事だ。
そんな事に、何人もの人間を巻き込んでしまった。
それを今、千里は心に深く刻んでここにいる。
未だに、千里は音楽に対して本腰を入れる事に及び腰だ。
傍目にそれは、まるで前と変わらないものに映るかもしれない。
しかしそれは、あの頃とは全く逆の理由だ。
自分自身の、存在意義。
音楽を続けていく上での、確固たる意志みたいなもの。
時には人と競い合い、退けてまでも前へ進む意志。
人の痛みを包むことの出来る大きさ。
自分が自分であることを見失わない強さ。
そう言ったものを、自分が音楽の中に持てる様にならなければ、この先音楽の徒である資格は無い。
そう感じたから、千里は足を止めた。
今、千里は前へ進む為に立ち止まっている。
今度こそ間違えない為に。
誤った方向へ進まない為に。
真剣に向き合う為に、その足を止めたのだ。
(だから、答えが出るまでは 一歩も前には進めないんだよ、北尾さん)
心の中で呟いた。
不本意ながら遭遇した今回の事件は、結果として千里にとっては良い時間を貰った形になった。
外界の雑音を一切遮断して自分の内を見つめる事が出来た。
(忍には不本意だろうけど)
千里は小さく笑った。
(それに、ちゃんと訊いておかないとね。オレが『嫌われた』理由)
大崎の様な事が、二度と起こらない為に。
あの事件の本当の被害者は、きっと彼の方だった。
千里の葛藤に振り回されて、自滅した彼。
だから、忍とは正面から向き合おう。
今度こそ後悔しないで済む様に、出来るだけの事をしてみよう。
(もしかしたら、大崎とだって、友達になれたかもしれない。
忍だって、仲良くなれるかもしれない )
千里は大きく一つ深呼吸した。
そして、ふと、いつも食事が置かれている机に、未だ夕食が置かれていない事に気付いた。
「あーっ! ついに食事忘れられた!! ひっどー!」
正直、これは辛い。
「いや、ひょっとしたらこれから来るかも?」
希望的観測だ。
しかし、時計は深夜の一時を示していた。
「んなワケないか」
千里は溜息を吐いた。
(ああ )
身体を寝台に横たえ、空を見つめた。
千里の中の大きな空洞に、じんわりと何かが染みてくる。
大きく身体を伸ばし、千里は大きく深呼吸した。
ヴァイオリン、弾きたいな。