
scene.2
二年前、千里は城聖学園中等部の二年生だった。
北尾と出会ってから半年、季節は夏から冬に移っていた。
北尾や町田は、とっくに内部受験で高等部持ち上がりが決まっており、相変わらず呑気に部活動を続けていた。
千里はと言えば、学科の勉強はそこそこに彼らの洋弓部に入り浸りの状態だった。
「だけど、先輩方卒業しちゃったら寂しくなります~」
千里と同じ二年生の洋弓部員、平池が情けない声を出した。
「まーまー、一年がんばりゃまた同じ学校なんだから」
北尾が平池の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
「そりゃそうですけど~」
平池はますますもって情けない顔になっていた。
よく見るとうっすら涙ぐんでさえいる。
無理も無かった。
もう、一月なのだ。
卒業式は三月かもしれないが、三年生はじきに登校してこなくなる。
一月末の学年末試験が終われば、彼らは長い春休みに入るのだ。
「平池、お前が主将なんだから、しゃんとしろよ? 後輩に格好が付かないぞ?」
北尾は新しい主将を懸命に励ましていた。
千里は、その光景が何だか羨ましかった。
洋弓部にとって、所詮自分は部外者だ。
皆、いつも快く迎えてくれて仲良くしてくれたけど、所詮、部外者なのだ。
平池は、高等部へ進めばまた洋弓部に入り、今しているのと同じ様に弓を握るのだろう。 北尾達と共に。
けれど、自分は?
洋弓部にはもちろん入れないし、学科も別。
きっと、卒業してしまったらそれきりになる。
(そんなのヤだなぁ…)
でも、どうしたら良いのか分からない。
一層の事、今度こそ音楽を止めようか。
そう考えてから、緩く頭を振った。
無理だ。
今更止めるなんて、この学校を受験する前よりもずっと難しい。
「千里、どうした? 俯いて」
平池の弱音を聞き終えた北尾が、気付いたら隣に座っていた。
「身体の具合でも悪いのか?」
そう言いながら、彼は千里の額に自分の手を当てた。
「そ…っ、そんなことないよ! 大丈夫!」
思わず後ずさってしまった。
どうしてこの人はこう、ごく自然に人に触れられるのだろう。
大分慣れたものの、最初は本当に面食らったものだ。
(中学生の男が、あんまり同じ年の男触らないよねぇ…)
最初、正直ヤバイ人かと思った。
後になって、それは本当に他意の無い単なる癖だと良く分かった。
しかし、今でもこうやって不意を突かれるとかなりびっくりする。
ましてや、今などこのタイミングだ。
まるで心の中を見透かされた様で、居心地が悪い。
「何でもないならいいけど…。あ、そうそう! これ、俺の連絡先。住所と、家の番号。渡しとくよ」
ノートの切れ端を無造作に渡された。
「えっ?」
「ほら、千里は学科も違うし、部活にも入られないだろ? もうすぐ俺たち学校来なくなるしさ、そうしたら連絡が取れなくなるじゃないか。 だから、渡しとこうと思って」
「あ…ありがと」
北尾は、本当に不思議な人間だった。
いつも、欲しいものを欲しい時に与えてくれる。
「 都合悪くなかったら、後で千里の連絡先も教えてくれよ」
そう言って、北尾は千里の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「うん うん! 今すぐ書くよ」
慌てて鞄の中からペンとノートを取り出した。ノートを一ページ引きちぎり、住所と電話番号を書いて渡した。
「サンキュ。 春休みになったら、また遊びに行こうな」
北尾は千里の手渡したメモを、定期入れに仕舞った。
「うんっ」
ほっとした。
進級しても、まだこの輪の中に居る事が出来る。
それがとても嬉しかった。
その時、その光景を、陰惨な目で見つめる者がいる事に千里は気付く事が出来ないでいた。