
12月24日 ― 志月 ― Ⅰ
scene.1
車を車庫に入れ、自宅の扉を開いたのは、深夜の一時を少し回った頃だ。
志月の精神状態は最悪だった。
服用している薬の所為で、頭は何処か靄が掛かってぼんやりとしている。
(今、俺の前にいるのは誰だ?)
篠舞なのか。
忍なのか。
境界線は失われ、二つの像は分けられない程溶け合っている。
はっきりさせようとすればする程、思考にノイズが走る。
そこに在るものを確かめたくて、彼の身体を抱きしめた。
腕の中にじわりと体温が滲む。
その存在はとても希薄だった。
まるで、そこには無いものの様に感じてしまう程、遠い。
強く握った手を少しでも緩めてしまうと、存在そのものが消えてしまいそうだ。
不安感に苛まれ、志月はより強く細い身体を掻き抱いた。
忍が、少し息苦しそうに眉を顰め、身を捩った。
しかし、それには構わず、志月はそのまま無造作に寝台の上に転がり落ちた。
いつもされるがまま抗わない忍が、本当に生きているのか、本当は死んでいるのか、もう志月には分からなかった。
確かに生きている事を確かめたくて、尚の事彼に触れる手が乱暴になる。
彼がそれを受け止めようとして、余計に気配を消してゆく。
それを、二人は延々と繰り返している。
悪循環だ、と分かっていた。
酷く呼吸を乱されながら、とうとう堪え切れなくなった忍が、志月の身体に腕を絡め付けてきた。
志月の背中に深く爪を立て、目の淵に涙を滲ませ、何かを堪える様な顔をして
それでも、一言も否とは言わない。
ただ、振り落とされまいと、しがみ付いてくるだけ。
次第に、お互いの呼吸が溶け合う様に同調する。
その体温を得て、志月は彼が生きている事をやっと識る事が出来た。
いつだって、泣かせたい訳ではなかった。
それでも最後はいつも、泣かせていた。
声にならない叫び声だけが、微かに彼の存在を訴えていた。
そんなものにしか、もう安堵を得る事は出来ないのだろうか。
いつから、こんな風になってしまったのだろう。
いつでも、後悔と罪悪感が志月の心の裏側には潜んでいる。
徐々に熱が引くと今度は、奇妙な浮遊感を伴う強い眠気に襲われた。
明らかに薬の所為だ。
寝台の下に散らかされた衣服を拾い上げる余裕は、もう残っていなかった。
ただ、己の腕の中の体温に全神経を集中させ、固く目を閉じる。
しかし、眠りさえももう志月にとっては安息ではなかった。
その中にあるのは、取り戻せない時間と深い後悔。
再び落ちてゆく無意識の海で、彼は最後の記憶をゆっくりと辿り始めた。