
scene.4
気が付けば、もう家の前だった。
答えは、手の中にあった。
家の灯りは全て消えたままだ。
おそらく、志月は眠っているのだろう。
今日は、昼に一度起き上がり、昼食を共にした。
その後、仕事の打ち合わせとやらに出掛け、夕方になる前に戻ってきた。
そして、薬を服み、すぐに眠ってしまった。
最近、志月の睡眠時間はとても長い。
家にいる間、仕事をしていなければほとんど寝ている。
それは、服用している薬の所為だった。
本人から聞かされた訳ではないが、服用している薬を調べたら、よく知られている薬ばかりだったので、すぐに分かった。
それは、睡眠導入剤と精神安定剤だった。
眠る為の薬と、強い眠気を伴う薬だ。
それも、見ていると少しずつ強いものに変わってきている様だ。
彼は今、一日のほとんどを、夢の中で過ごしている。
そして閉じられた時間の輪の中で、幸福と絶望の狭間を巡り続けるのだろう。
もう、その場所にしか彼は還る所が無いのだろう。
箱庭の崩壊が近づくにつれ、彼はますます夢の中に居る時間が長くなっている。
そんな気がしていた。
忍は、静かに扉を開いた。
屋敷の中は、静まり返っている。
(こうしていると、誰も住んでいないみたいだ…)
時々思うのだ。
こうしているのは、全て夢の中の出来事で、本当はこんな時間は存在しないのではないか、と。
自分自身さえも、本当は存在しないのではないか、と。
忍は、足音を忍ばせながら、まず厨房へ向かった。
ある仕掛けを作る為だ。
それはとても簡単な仕掛けだったので、ものの一分も掛からず準備は終った。
階段をそっと上ると、二階もまた静かだった。
やはり志月は眠っている様だ。
(あのまま眠っているなら、寝室にいる…かな)
彼はよく書斎で仕事をしていて、そのまま眠ってしまうので、忍が知らないうちに起き上がって仕事をしていたとしたら、移動している可能性はある。
先に、目の前にある書斎のドアを開いた。
「いない…。やっぱりあのままずっと眠ってるんだ」
デスクの上のノートパソコンから、微かに駆動音が洩れていた。
どうやら午前中に点けっぱなしにして、帰宅後そのまま眠ってしまった様だ。
何となく、興味を惹かれてパソコンの画面を覗き見た。
適当なキーを叩いて、スリープしているパソコンを起こす。
写真かと思って開いた画面には、文章が書き連ねられていた。
南米の、遺跡の記事だった。
風化してゆく文化や風習を憂える内容に、現地のものを翻訳したらしい歌の一節が添えられていた。
("風の民が聖なる墓所を護り、白い翼が魂を運ぶ"? よく、分からないな…)
祭祀に捧げる起請文の様だが、忍にはまるで分からない分野だった。
(あの人、こういう場所に撮影、行ってるのか…)
仕事の事に、首を突っ込んだ事は無い。
だから、知らなくても当然だった。
(彼女なら、分かるのかな)
ふと、無意味な疑問が胸を過ぎった。
パソコンの電源はそのままに、忍はデスクを離れる。
書斎のドアを静かに閉め、忍は寝室へ向かった。