
scene.3
いつも彼女は前を向いて歩いている。
他の人間達が、惑い
竦み
ただ立ち尽くす間にも
彼女は、真っ直ぐ前を見て歩いてゆくのだ。
そんな彼女が、志月は、いつも少し羨ましかった。
その凛とした背中を、いつも追っていたかった。
そして、彼女の中に、太陽の核熱の様な光を見るのだ。
網膜の裏に焼き付く様な、そんな存在を
本当は、日本を発つ時に、篠舞が提示した『条件』に対する『答え』とまでは行かないまでも、志月なりの指標を持って来たつもりだった。
(だけど まだ、駄目だ。…まだ、中途半端だ)
志月は、彼女が留学した後、ある写真家に師事する事になった。
高校時代に通っていた予備校の講師に、志月がこのまま写真を諦めてしまう事を惜しんでくれた人がいたのだ。
まあ、おうちの事情もあるだろうから、あまり堅苦しく考えないで、気軽に試してみてよ。
彼はそう言ってくれて、自分の修行時代の兄弟子にあたる写真家を紹介してくれた。
その写真家もまた気さくな人物で、師匠と弟子といった雰囲気ではなく、志月を自分の弟か何かの様に接してくれた。
出来る範囲で、のんびりやればいい。
なぁに、世の中芽が出るヤツなんてのはな、どんなに抑えつけても出てきやがるんだ。てことはな、その逆だってあるんだ。いくらカリカリやったって、駄目なヤツぁ駄目だ。
ま、だから、のんびりやれ。
彼はいつも志月にそう言った。
そう、結局、大学に通いつつ写真の勉強もする。
そして、大学を卒業するまでに、実家の 特に母親を黙らせるだけの力を身に着ける。
それが、志月の決めた方向性だったのだ。
篠舞に、そんな話をするつもりだった。
それこそ、居ても立ってもいられず、文字通り飛んできた。
けれど
(まだ、駄目だ)
彼女にその話をするのは、まだ早い。
何か形を手に入れなければ。
今、こんな話をした処で、口先だけになってしまう。
結局、志月は今回、篠舞にはこの話をしない事にした。
(ま、師匠の言う処の『芽が出て』から、か)
「どうしたの? 急に黙りこくっちゃって。やっぱり、何かあった? 何か話したい事、あったんじゃない?」
知らぬ間に、つい考え込んでしまっていた様だ。
心配そうに篠舞が志月の顔を覗き込んできた。
「いや…、時差の関係で二十四時間以上寝てないから」
最もそうな言い訳を返した。
「ああ、そっか。時差ボケね」
篠舞は納得したらしく、乗り出していた身を引っ込めた。