scene.15 生命の在処

 静かな部屋。
 聞こえてくるのは布を擦る音と、吐く息の音。
 いつの間にか、七海の身体は彼の身体の下に敷かれていた。
 先に仕掛けたのは、明らかに七海の方だ。
 しかし、主導権は既に委譲されている。
 別に、その辺りの役割分担には何の拘りも持っていない。
 遠藤がしたいようにすればそれで良い。
(同性相手なんて初めてだろうしな)
 皮膚の上を滑る馴れない指にくすぐられながら、天井に目を遣った。
 薄荷色のカーテンの隙間から青い光が差し込み、細い帯を描いている。
 その僅かな朝の光が、それでも容赦無く二人の輪郭を浮かび上がらせていた。
 薄明るい部屋。
 宙を泳ぐように細い光の帯を掠めたのは、嫌になるほど貧弱な腕。
 七海自身のものだ。

 大切な人間を守れなかった腕。
 今も、無力なままの 腕。
 頼り甲斐の無さそうな自分の外見が、どうしても好きになれない。
 もっと、力強い人間で在りたかった。
 見た目も。
 心も。

 七海は、自分を抱き留めている腕に身体中の神経を集めた。

 逞しい腕。
 体温。
 心音。
 生きている と いうこと。

 そして。

 強い力で、それでも柔らかく相手を包むことの出来る、遠藤要という人間。

 ある種の羨望と嫉妬が細かい棘になって、七海を刺す。
 痛痒いその感覚に、理性が奪われてゆく。
 劣等感さえ、いっそ心地好い。
 消毒液に荒れた掌が、上衣をたくし上げながら七海の胸を撫でた。
 最初は躊躇いがちだった指先から、迷いが無くなっていく。 
 だらしなく捲り上がったシャツが、鎖骨の上でもたつく、その感触がむず痒い。
 少し乱暴だと感じるほど、強く、深く、何かを確かめるようにキスを繰り返す。
 触れたり離れたりする口唇の隙間から、湿った音が洩れ聞こえていた。
 
 壊れたい。
 壊されたい。
 内側へ向かう破壊願望。

 生きたい。
 生きていたい。
 生きていることを 感じていたい。
 外側への放熱。

 相反する欲求が自分の中で絡みながら円を描く、太極。
 浮遊する熱の中で、余分なものが削ぎ落とされていく感覚。
 何処かの淵へ追いやられてゆく個としての自分。
 自我というものが溶けて消えてゆくことの快楽。
「痛…っ!」
 細く息を吐きながら七海の頬を滑り落ちた口唇が、突然首筋に歯を立てた。
 覚悟も無く与えられた痛みに、七海の身体がびくっと揺れる。
 急速に、引き戻される意識。
 驚いて目を開けると、悔しそうな顔で遠藤は七海の顔を見下ろしていた。
「…常盤木先生は、時々…そうやって泣きそうな顔をしますね」
 掠れた声が耳許で囁いた。
 分からない。
 今にも泣き出しそうな顔をしていたのは、彼の方ではなかったか。
 些細な疑問をよそに、低く押し殺された声は、身体の真ん中  本能に一番近い場所で反響していた。
 それきり続く言葉は無く、替わりに、もどかしさに焦れた手が少し乱暴な動作で下肢の衣服を緩める。
 そして、熱を帯びた手はそのまま中へ侵入してきた。
 大きな掌が最も敏感な場所を強く擦る。
 荒れた手のザラついた感触が、感覚を更に鋭敏にしていく。
 無遠慮な指に、最も深く柔らかい場所を探り出され、晒される。
 そして、容赦の無い力で、七海の身体は押し開かれた。

 繰り返し与えられる強い摩擦が、身体の奥底に熱を生む。
 荒くなる呼吸が絡まり合い、どちらのもか分からなくなっていく。
 心臓が、壊れそうなほどの早さで脈を打つ。
 ぴたりと重なる肌から、互いの鼓動が響きあっていた。

 最も原始に近い感覚に支配される一瞬。
 身体の中心を貫く熱に、煩雑な日常が全て焼き切れてゆくのを感じていた。

 今はとてもシンプルだ。
 そこにあるのは、極彩色の本能だけ。

 本能だけが 生命の在処は ここだ と 叫んでいる。


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