scene.4 第二印象

 新たに入局した"仔犬くん"は非常に生真面目、かつ温厚だったので、瞬く間にER内の看護師の間で人気が上がった。
 基本的にERは神経を尖らせて勤務に臨んでいる時間が長いので、どうしてもスタッフは皆ピリピリしがちである。
 また、医師と言う職業につく人間は相対的に理系…モヤシっ子が多いのだが、彼は外見的にも気質的にも体育会系で、焦げっ子…サワヤカ系なところも、大いにウケた様だ。
「研修医、お前イイ体格してんね。何かやってた?」
 日直の合間、一緒に早飯になった。
 沈黙してるのも気詰まりだろうと思った七海は、何となく声を掛けてみた。
「あ、バスケです。高1から三年間、がっつりやってました」
 にこにこしながら、彼は答えた。
(なるほど…体力あるわけだ)
 今のところ、彼の仕事は雑用と使い走りだ。
 具体的に言うと、薬局や管理課に必要なものを取りに行ってもらったり、それを保管場所へ区分けして収納してもらっている。
 その繰り返しの中で、名前が似ているのに使い道が全く異なる薬品の名前や保管場所を覚えてもらうのだ。  薬局も管理課も棟違いにある為、往復すると結構な労働なのだが、文字通り走って帰ってくる遠藤が、息を切らせているところを見た事がない。
「でも、瞬発力はあるんですけど持久力はイマイチなんすよ」
 彼は七海の心の声が聞こえたのか聞こえないのか、そんな言葉を付け足し頭を掻いて、苦笑いした。
 暗に、当直が続くのはキツイという話をしているのか、と意地悪く勘繰ってみたりしたが、そんな様子は無かった。
「お、遠藤じゃないか。頑張ってるか?」
 内科の医師が通りすがりに彼の肩を叩いた。
「お疲れ様です。どうにか頑張ってますよ。救急外来の研修に比べて、緊急度が格段に違うんで戸惑ってばかりですけど」
 内科の研修プログラムの中にも、外科のプログラムの中にも、救急外来は含まれている。
 しかしERでは、救急隊からの直接搬入、2次救急機関からの紹介など、生命の危機に晒されている患者しか、原則的には受け入れない。
 当然、時間外診療と呼ばれる救急外来とは緊急度が段違いだ。
「おいおい、新しい指導医さんの前でそんな事言って大丈夫か?」
 揶揄するような顔で内科医は笑う。
 その少し人を小馬鹿にした様な表情が、七海の癇に障った。
「あ、ヤベ」
 慌てて七海を振り返った遠藤は、冷や汗でも浮かびそうな顔をしている。
 おいおい、別にお前の事は怒ってないぞ、と思いつつ、七海は内科医を睨み上げた。
「お 気 に な さ ら ず !  そこまで僕も短気じゃないですから。僕はもう戻るけど、もう少し休憩時間あるし、お前は残ってもいいぞ」
 七海は自分のトレイを持ち上げ、さっさと席を立つ。
 長居は無用である。
 実は、七海は基本的に内科医とは折り合いが悪い。
 細かくは色々あるが、のんびりムードの内科外来とは特にテンポが合わないのだ。
 因みに、眼科…耳鼻科などとも折り合いが良くない。
 要するに、緊急性の低い診療科目の医師と相性が悪いのだ。
 と言うのも、先述した『原則的には生命に緊急性が高い患者しか受け入れない』という一文に掛かるのだが、最近、2次救急機関からの移送の基準がやたら低くなっているのだ。
 単なる泥酔と急性アルコール中毒を間違えて搬送してきた病院もある。
 後から仔細を確認したところ、その病院には当該時間、経験不十分なアルバイトの研修医しか現場にいなかったせいだった。
 そこまでひどい話はそう転がってはいないと思いたいが、同じ桜川病院内でも近い事例は後を絶たない。
(それにしても、酔っ払いの一件で煙たがられてんじゃないかと思ったけど、そうでも無いみたいだな)
 七海と違って、大型犬の仔犬はどこでもそれなりに上手く世渡りしている様だ。
 何となく面白くない気持ちでせっせと返却口に食器を戻していると、慌てた様子で遠藤が後を追ってきた。
「待ってください、俺も一緒に戻りますよ!」
 ガタガタ音を鳴らしながら、慌しく食器を片付けている。
 食後の為に用意したコーヒーなど、まだ半分も残っていた。
 おそらく、七海が剣呑な空気を発散していたので慌てたのだろう。
 遠藤はかなり動揺しているようだ。
 医局長にしろ、田島や小沢にしろ、七海のこの気質はいい加減慣れていて、このくらいの事で今更誰も慌てたりしない。
 だから、ついいつものイキオイでやらかしてしまった。
 しかし、慌てふためいている研修医を前に、さすがに大人気ない態度だったか、と、七海の脳裏を反省の二文字が過ぎった。
「いいよ、気遣うなって。今はオフタイムなんだから、好きにしてていい」
 七海はなるべく表情を柔らかくして、彼を諭した。
 そこへ、信じられない一言が返ってきた。
「だから、好きにしてるんです。俺は常盤木先生と一緒に戻ります」
 七海は、後は返却台の奥に押し込むだけとなった空のトレイを、手から滑り落としてしまった。
 ステンレス台に落ちたトレイが派手な音を響かせる。
(て…天然…? 天然??)
 なるほど、この天然ぶりで看護師人気を獲得しているのか。
 妙に納得させられてしまった。
 七海の評価など、ER内では酷いものだ。
(いや、僕も興味ないからそれはお互い様なんだけど)
 直属の上司に対するご機嫌取りならば、見慣れているので対処も心得たものだが、天然で来られるとさすがにどうして良いかわからない。
 このやたら大きな仔犬は相当にタチが悪い様だ。


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