prologue.
懐かしい夢を見た。
田舎町。
十二月の初め、その冬最初の雪が降っていた。
日に二本の村営バス。
夕方。
中学校の帰りだった。
「よう、七海」
乗り込んだバスに、何故か父親が乗っていた。
「何で父さんがバスに乗ってるの?」
山に囲まれた長野の山奥。
大概の大人は自家用車に乗って移動するのが常だ。
村営バスは、車に乗れないお年寄りと、中学生の通学の為に運行している。
「車が壊れてなぁ。けんど、今日は役場に用事もあったし、仕方ないら」
七海の父親は、高原野菜で有名な、野辺山と呼ばれる地域の農協職員であった。
「へぇ、大変じゃん」
七海に野辺山の訛はほとんど無い。
母親が東京の出身だからだ。
農大の実習で野辺山の農家を訪れ、そのまま居着いてしまったのだ。
「ちょっと積もってきてるね」
走り出した窓の外。
アスファルトの道路を、うっすら雪が覆い始めていた。
このまま降り続けば、明日の朝には小さな集落は雪に沈むのだろう。
効き過ぎるくらい空調の効いたバスの中は、少々蒸し暑い。
七海は首に巻いたマフラーを外し、上着と詰襟の前を開けた。
その時は、隣に座っている父親とほとんど会話は交わさなかった。
別段会話の無い親子ではなかったが、同じ車内に多くの同級生が乗っており、少々気恥ずかしさを感じたからだ。
集落の学生とお年寄りを積んだバスは、陽が落ち始めた山道を黙々と登る。
山の陽は、落ち始めると早い。
瞬く間に周囲は夕闇に沈んでいった。
車内には学生の賑やかしい声が響いていた。
突然の出来事だった。
バスのフロントガラスを、ヘッドライトのハロゲン光が突き刺した。
次の瞬間、身体は宙に浮いたような浮遊感に包まれ、追って、右半身に強い衝撃が走った。
悲鳴をあげる間も無かった。
遠くなる意識の中、最後に聞こえたのは、乗客の呻き声と、父親の声。
"大丈夫か? 痛いところ無いか?"
その言葉に、答える事が出来たのか。
出来なかったのか。
それは分からない。
ただ、それが七海が父親と最後に交わした言葉だった。