
scene.4
結局、繁華街の渋滞に巻き込まれた千里より、北尾の方が早く帰宅していた。
北尾の家に上がるのは随分と久しぶりだった。
いつもしていた様に、窓際の寝台に遠慮無く腰掛ける。
「あ、コラ! 掛け布団の上に座んなって! せめて上掛けは捲ってから座ってくれよ」
北尾の、この科白も想定済み と言うか、言われるのを分かっていてわざとやったというのが正解だ。
北尾もそれを分かっていて「しょうがないな」という顔で部屋を出て行った。
数分後、緑茶の入った湯呑みと茶請けの菓子類をお盆に載せて、北尾は自室に戻ってきた。
「あ、ご飯ものの方が良かったかな」
袋菓子の封を切りながら北尾が言った。
「いーよ、出る前食べたし」
袋菓子に手を突っ込んで言っていては、説得力が半分だろうか。
「それにしても、何かあいつと千里の会話って想像つかないな」
菓子をつまみながら、北尾が呟いた。
あいつとは当然忍の事だろう。
「そうかなー。結構オレはあのキャラ好きなんだけど」
いや、誰も好き嫌いの話はしていない。
「好きか嫌いかはともかく、会話があまり続かなそう…」
確かに。
「まぁ、何ての? お互いこー人生の深い部分について語り合ってたの。わっかるかなー」
「こら! それがお前の悪い癖だぞ。真面目に話せよ、真面目に」
ちょっと芝居がかって茶化す千里を北尾が嗜めた。
「うー。ごめんなさい でも、今のはちょっとフザケ入ったけどホントだよ。愚痴ってたって言うとちょっと違うんだけど、何かそんな話してた」
何処までがOKで何処からがNGなのか それを慎重に探りつつ、千里は話し始めた。
「オレの話はさっきしたけどさ。まぁ、自分自身に疑問があって、このまま続けてていいのかな、みたいな。 あいつのは、恋愛問題? なのかなぁ、アレ…」
実際、あの微妙な関係をどう表したら良いのか千里には分からない。
「あ、それ。 もしかして…いや、でも違ってたらアレかな」
北尾も微妙な顔をして、何かを言いかけて躊躇ったらしい。
「え? なになに!? 何か知ってるの??」
自己完結して黙ってしまった北尾の顔を、千里は下から覗き込んだ。
「ぅわっ! びっくりした!! いや、知ってるって程でも ただあいつ町田に捕まって、毎年恒例のクリスマス宴会に参加させてれてな、その…ちょっと酔い潰しちゃったんだよ…で、うちに連れて来たんだけど 」
また言葉尻が消える。
「何か歯切れ悪いなぁ! 気持ち悪いじゃん、もう!! はっきり喋ってよ、はっきり!!」
「 ごめん。いや、それでうちに連れ帰ってきて、生徒名簿で調べて自宅に連絡入れたんだよ」
何とも北尾らしい模範的行動だ、と千里は思った。
最も、高校生が居酒屋で飲み会している時点で、十分法律違反なのだが。
「…しばらくして家の人が迎えに来たんだけど…」
そこでまた北尾が言い淀んだ。
「え!? 迎えが来たの!? どんな人!?」
千里の喰いつきに北尾が一瞬怯んだ。
「何だ何だ、その喰いつきは!!」
「えーだってさー、気になるじゃん。それでどんな人ー!?」
何せ、それはおそらく今日聞いた話の中の保護者とやらに違いないのだ。
気になるではないか。
「どんなって…。同性の目から見ても男前だった」
「第一声それなのー!?」
「いやそう言われても…どんなって
あー、あと礼儀正しいって言うか物静かな感じで、背が高くて そんな感じかな。
会ったのなんて一瞬だったし、よく分からないよ。
それで、俺も俺で気になってたんだけど、あの人は東条の兄貴? どう見ても親ではないよな。かなり若かったぞ」
「ふんふん。 へぇ、男前なのか。でもって若いんだ。ふーん…」
千里は、北尾の疑問を置いてけぼりに、一人で納得している。
「おーい千里、俺の質問の答えは?」
北尾もめげずに更に千里に答えを迫る。
「え? あーその人? えーとねぇ…」
どう説明したら分かり易いのか、千里は答えに窮してしまった。
迂闊に言葉にしてしまうと、話すべきではない部分にまで話が波及してしまいそうだ。
(しまったー。オレが食い下がると、逆に切り込まれるかもってこと、考えてなかったよ)
しかし千里が答えを躊躇った事で、北尾は逆に何かを確信したらしい。
「や、ちょっと待て。ちょっと俺もさっきからこれは言っていいのかどうか躊躇ってたんだけど かなり訊きづらいんだけど…その恋愛問題って…て言うか、その相手って言うのがもしかして 」
「あー北尾さんでも気付いたんだ! 意外と顔に出るよねー、忍って。そうだよ、多分その人。オレは会ったことないから、絶対とは言い切れないけどさ」
何処まで話したものか迷っていた千里だが、思ったより北尾自身が勘付いているらしい事が分かった。
(じゃあ、ホントにヤバイ事だけ黙ってればいっか…)
千里が頭の中で、話して良い事と拙い事を選別していると、北尾が先に口を開いた。
「あの時あいつちょっとおかしかったんだよな。何か怯えてるみたいな感じで」
彼は、心配そうに顔を曇らせている。
「 北尾さんのウソツキー。やっぱ満遍なく優しんじゃん」
「えっ? いや、そんなんじゃないけど!」
「あははは、慌ててる! ウソだよ。ね、なんか忍ってすっごい気になるでしょ? 向こうはあんまり構われるの得意じゃないみたいなんだけど、ついつい構いたくなっちゃうんだよねぇ」
面白げに、千里が笑った。
「ああもう、全くお前は! あんまり人を揶揄うのはやめてくれよ。 まあでも、確かにほっとけないよなぁ、アレ」
不安定なまま安定してしまっている彼。
飽和状態の水。
「…忍は片想いなんだよ」
千里はあの微妙な関係をそういう風に言い表した。
向き合っているはずなのに、決して交差しない平行線。
「そう…かな。少ししか話してないけど、とても大事にしてる様に見えたけどなぁ。あ、ひょっとして相手はそういう目で見てないって事か?」
「ちょっと違ーう。ってか大分違う。むしろ反対かも。少なくとも本人は、相手にとって自分は必要無いと思ってるんだよ」
「俺にはそんな風には見えなかったけど 」
北尾が首を捻った。
「さっき、宴会で酔い潰したって話しただろ? その時、連絡入れてから家まで来るの、やたら早かったんだよな。車で来たんだけど、あれは相当トバしてきたと見たね、俺は。 て事はつまり、そのくらい心配してるって事だろ?」
千里は、北尾の言葉にちょっとした心当たりがあった。
「ん…? それ、もしかして…昨日の話?」
いや、もう日付が変わっているので、厳密には一昨日の話か。
「え? ああ、今年は二十三日にやったからな」
(じゃあ、昨日…つか、もう一昨日だけど、派手に飛び出していった車、その人だったんだな)
千里は、轟音を立てながら飛び出していった車の事を思い出した。
「どうでもいいような雰囲気じゃなかったけどなぁ…」
まだ忍とその保護者の事を考えていたらしく、北尾がぽつりと呟いた。
「鈍感が服着て歩いてるような北尾さんにもそう見えるって事は、多分そのとおりなんだと思うんだけどね、オレも」
千里は肩を竦めた。
「失礼な」
北尾が不満そうに千里の頭を小突いた。
「ぃたっ! 何も突くことないでしょっ!」
「ははは、ごめんごめん。
でも、あっちもちゃんと解決すると良いな」