
scene.2
これを機会に、この際言いそびれていた事を全て伝えてしまおうと思った。
「やっぱり、そうなのか…」
北尾ががっくり肩を落とした。
「だって、北尾さんすぐそうやって、自分が背負い込んじゃうじゃない。前にも言ったでしょ? オレの自己責任の部分は、オレに置いておいてって」
千里が彼にそれを言ったのは、中等部の頃だ。
「オレはねぇ、北尾さん大好きだよ」
「はっ!?」
あまりにも唐突な事を言われ、北尾は目に見えて狼狽した。
その様子に構わず、千里は話を続けた。
「だから、一方的に庇われたくないってこと! 対等でいたいんだよ。どっちか片方が常に依存してる関係って、長続きしないと思わない!?」
叱られる側であるはずなのだが、千里はキッとした目で北尾を見上げた。
千里にだって言い分はあるのだ。
「何言ってんだよ? 対等だろ、俺と千里は 」
北尾は困惑した表情で首を捻っている。
千里は「やっぱり分かってない」と言う様に首を横に振った。
「北尾さんさぁ、大崎の事件覚えてるよね?
なんだかあの事件にずっと責任感じてて、それでオレと一緒にいるみたいだよ。
あのことが原因でオレがヴァイオリン弾かなくなったと思ってさ」
「いや、それは…」
千里の台詞に、北尾が言葉を詰まらせた。
「ほら! ほらほら!! やっぱりそうなんだ。
じゃぁさ、オレが普通にまたヴァイオリン始めたら、離れちゃうの? それで責任は果たしたー、みたいな顔で!?
そんなの、オレはヤだからね!」
畳み掛ける様に千里は北尾に詰め寄った。
(あ、ヤバ。自分で言ってて涙目になってきた)
千里はそれを北尾に気取られたくなくて、殊更不機嫌そうに顔を背けた。
「そんな事は思ってないぞ!」
北尾が心外だ、と言わんばかりに反論の声を上げる。
「確かに、俺はお節介だし、口うるさいし、その自覚もあるけどな!
いくらなんでも、義務感と責任感だけでいちいち人に構ってられるか!
分からないか!? 俺だって、お前と気が合うから、楽しいから、一緒にいるんだろ!
でなきゃ、学年も学科も違うのに、こんなに長い間つきあってられる訳ないだろうが!!」
背けた顔を掴まれ、前を向かされる。
珍しく、彼が本気で怒っている。
この時千里は、怒っている北尾を見て、とても安心した。
怒られて安心する、というのもおかしな話だが。
「 て、え? おい」
千里が涙目になっていたので、北尾は狼狽えた様だ。
彼は、慌ててポケットのハンカチを探ったり、また、千里の頭を撫でてみたり、それはもう額に入れて飾りたいくらいの狼狽振りだった。
「うー!! もう、だからヤなんだってば! オレばっか庇われてさ、弱いじゃん!」
北尾の手を振り払い、千里はの手の甲で目を擦った。
「オレのが一年後輩だけどさ、だから完全に対等でいるのって、難しいのかもだけど、でも、一方的に自分ばっか頼ってる状態はヤなんだよ。
持ちつ持たれつじゃないと、長く友達でいられないじゃない」
ずっと、友達でいたい。
自分と在る事に疲れて欲しくない。
この人に見放されたくない。
その反面で『これでもか』と言う程反発して見せたのは、無意識のうちに北尾智史という人を確認する為。
苛々して、癇癪を起こして、子供の様に我儘をぶつけて、それでも相手が自分を見放さないのか、無意識のうちに試していたのだ。
どちらも、北尾に対してずっと抱えていた本音だ。
ずっと長い間、言葉に出来ず持て余していた複雑な本音を、やっと伝える事が出来た。 そんな気がした。
「あー…」
言われた北尾が、照れくさそうに目を逸らした。
そう言えば、怒る北尾も珍しいが、照れている姿を見るのも稀な事だ。
この日の千里は、世にも珍しいものばかりを、メドレー状態で見ている気がした。
「あのな、それじゃ俺も本音言うけど、正直なとこ今回実は結構ショック受けてたんだよ。
結構長い付き合いなのに、千里に東条みたいな友達がいるのも知らなかったし、まして、家出する先にあっちを選んだだろ? 俺じゃ頼りにならなかったのかな、って思ってさ、すごく凹んだ。
でも、まぁ…悩み事の半分が俺の事じゃ、俺のとこへは来ないよな」
やれやれ、と北尾は溜息を吐いた。
「でも、お前には対等じゃないって叱られるかも知れないけど、俺はお前に必要だと思われていたいんだ。いざという時に頼れる存在でいたい」
そんな風に語った彼の顔は、とても真剣だった。
更に、こう付け足した。
「ある意味、俺はそういう事で自分の居場所って言うかさ、存在価値みたいなのを見出しているのかも知れないな」
頼られて安心する人間もいる。
そんな事もあるのだと、言われて初めて千里は気付いた。
大切な相手だから、必要な自分でいたい。
北尾智史は、そういう人間なのだ。
とうに知っていたはずの事に、千里は今初めて気付いた。
そんな自分が妙に可笑しくて、笑いが込み上げた。
「何をそんなにウケてんだ、こら!」
真面目に話している最中に、いきなり笑い出した千里に、北尾が憮然と抗議した。
「ご、ごめんっ! いや、もーおかしくって!!」
笑いを止めたいのだが、どうやっても止まらない。
「だから何が!」
「つきあい長いのにねぇ、オレも北尾さんのこと、全然分かってないんだなぁって思って!」
「何が??」
北尾が、不機嫌な顔から不可解な顔に変わった。
「うーん…北尾さんがお節介なこと、とか?」
「そんなの、最初から知ってんだろ??」
ますます不可解げに首を捻っている。
「そうなんだけどー。
そうじゃなくて、何で世話焼きたがるの? とか、やっと解ったかなぁって思って」
お互いが相手の事を思い合っていたはずなのに、それが相手の目には映っていなかった。
そんな、ギクシャクとしていた空気が取れ、やっと歯車が噛み合ったのを感じた。