
scene.2
忍を玄関の前まで送り届けると、北尾はそのまま学校へ引き返した。
とりあえず、今日の処は免れたが、明日からは本格的に追求が始まるだろう。
(ちゃんと考えなきゃ…。でも、今は無理だ…全然頭が働かない)
忍の自室は、半分屋根裏の三階の一室だ。
早退の言い訳を考えるのが面倒で、書斎の志月には声を掛けなかった。
(俺の体調にまで興味無い…あの人は)
別に確認した訳ではないが、興味が無い、と思う事にしていた。
そんな事にいちいち気を揉むのは、虚しい事だ。
書類の上で、確かに彼は忍の保護者であるし、後見人でもあった。
だから、法律で問うならばその義務と責任もあるはずだ。
しかし、現実に彼と自分の関わりは、異なる形をしていた事を忍は識っている。
彼は、『所有者』だ。
支配者、とも言うのかもしれない。
この家の中のものは、全て彼のもの。
ここは彼の小さな箱庭の中。
忍もまた、数ある調度品の中の一つ。
彼が『要らない』と感じた時、全ては砂塵の様に風に散る。
東条志月は、そういう存在。
忍は、咽喉の奥に何かが詰まっている様な閉塞間に苛まれていた。
そこに在るのが何かは分からない。
しかし、この体調の悪さが、それに起因している事だけは分かっていた。
彼を 志月を前にする時感じる、この奇妙な閉塞感。
それは積み重なる時間に比例して増してゆく。
(…寝よう)
夜着に着替えるのも億劫で、制服の上着だけ脱いで、そのまま寝台に潜り込んだ。
身体を横にすると、まるで重力が無くなった様な錯覚に襲われた。
(ほぉら、見て)
閉じた瞳の奥で、顔の無い子供が嗤う。
(ぼんやりしてるから )
齧られて無くなった、腕をこちらに伸ばしている。
(こんなに、なっちゃったよ)
(これは何の幻影?)
白昼夢 繰り返し見る子供。
(誰?)
顔が無い。
(僕は…)
夢と現の狭間で、意識が揺らめいている。
子 供 が 嗤 う 。
重力を失った身体が、ゆっくりと回転している。
子 供 が 嗤 う 。
(…僕はね)
徐々に、子供の声が遠去かる。
深い闇が、子供の姿も何もかも
引き潮の様に深く深く意識の底へ引き摺り落としてゆく。
あの子供、随分と『減って』いたな……。
滑り落ちていきながら、ふと、忍はそう思った。