scene.7

 翌朝、宿酔の様な頭痛と倦怠感の中で目が覚めた。
「…痛…」
 上体を起こすと、こめかみに刺す様な痛みが走る。
 宿酔いだ。
 動かした右手に、生温かいものが触れた。
 忍の頬だった。
(……?)
 いつもより、少し青白い肌の色。
 微かに聴こえる寝息。
 ブランケットの下には、衣服を身に付けていない肌が覗いていた。
 一瞬で心臓が縮み上がった。
 急速に昨夜の記憶が蘇る。
(俺は、一体何を  
 自分がどんな振る舞いをしたのか、全て思い出した。
 激しい後悔が押し寄せる。
(あの裏町から何の為に連れ出した?)
 救いたいと思って、
 ただ笑って欲しいと思って、
 その自分自身が、彼に何て事をしたのだろう。
 昨夜、忍は何故か全く抗おうとはしなかった。
 けれど最後、少し傷付いた瞳で見上げられたのを微かに憶えていた。
 強く拒んでくれたなら、その行為を止める事が出来ただろうか。
 それとも、より強い力で捩じ伏せたのだろうか。
 救えない疑問符と、自分自身に対する絶望が志月の前に横たわる。
 助けたいと思って連れて来て、結局は最悪の形で傷付けた。

 篠舞を死に追いやり、今度は彼女の身代わりにしてしまった事で忍を殺した。
 彼という個の存在を、殺してしまった。
 辛うじて残されていた細い糸が切れてしまった。
 志月には、もう何も残っていなかった。
 一度箍が外れてしまうと、どんな制止も無意味だ。
 怒りにも似た喪失感が歯止めの利かない衝動となって、幾度となく幼い身体を求める。
 理不尽な感情をぶつけられ、その度に忍が傷付いていくのが分かった。
 それでも彼は、一度も志月に抵抗しよとしない。
 全て、与えられるまま従った。
 その代わり、忍はほとんど笑わなくなった。
 ただ黙って従うだけの、希薄な存在になってしまった。
 それがまた強い喪失感となり、志月の心を蝕んだ。
 その、繰り返し。
 回りながら堕ちてゆく、負のスパイラル。
 捩れた糸は元に戻らず、何もかもを絡め取りながら、更に捩れ続ける。
 全てが、捩れてゆく。
 見上げれば、今日も三日月が空で嗤う。
 何もかも切り落としてやろうか、と志月を嘲笑う。

  固く閉じた目蓋の奥で、忍の身体が喰い荒らされていく。

 志月は、それをどうする事も出来ない。

  傷んだ瞳が、救いを求めている。

 喰い荒らしているのはもう一人の自分。

  やがて、忍は跡形も無くなり、そこにはただ空っぽの容れ物が残った。

 そして、その空っぽの容れ物を、もう一人の自分が愛しそうに抱きしめる。
 理性が慟哭している。
 氾濫する狂気に抗えぬまま。
 整合性は既に欠如している。
 留まる事の無い濁流が、志月の記憶と感情を全て押し流してしまった。

  篠舞はもういない。

  忍も消えてしまった。

  殺してしまった。

  自分の手で、殺してしまった。


前頁ヘ戻ル before /  next 第12章へ進ム

+++ 目 次 +++

PAGE TOP▲