
scene.3
二人が現地であるアジア系の居酒屋に到着したのは、宴の始まる二十分前だった。
着いた時は北尾と忍は二人きりだった。
その後ぱらぱらと現地集合組みが集まり始め、開始時刻の七時ジャスト、町田に連れられた残り五~六人が入店し、全員が集まった。
宴会は十五人程の集まりで、座敷を一室貸し切って行われた。
自分以外に面識のある人間のいない忍を、北尾は自分の隣に座らせた。
「あの、今更ですけど、どういう集まりなんですか?」
こそっと、遠慮がちに忍が訊ねて来た。
「ん? どういうって程でもないんだけど、中等部のときの部活仲間に、それぞれのツレがくっついてきた感じかな? 千里も、いつもはもちろん参加してるし、そのツレの城野も時々混じってたり、OBが来ることもあるよ。こういう集まりっていう決まりはないかな」
特に決まりの無い集まりなので、北尾はその様に答えた。
友人の友人が紛れ込む事なんてザラにある。
そういう飲み会だからこそ、町田が声を掛けた時、敢えて止めなかったのだ。
「あー! ほんとに来てくれたんだ!! 嬉しいねえ! まあ、飲みねえ」
開始間もないと言うのに、既に出来上がってるかの様な陽気さで現れたのは町田であった。
忍に空のグラスを持たせると、手に持っていたビールをなみなみと注いだ。
「ささ、飲んで飲んで」
北尾は、止めるべきか否か一瞬迷った。
何しろ、忍の許容範囲が分からない。
しかし一杯目から止めるのもどうだろうか、などと考えているうちに忍が注がれたビールを飲んでしまっていた。
「ニガ…」
一口飲んだ後、思わず彼が洩らした一言に、町田が大笑いした。
「なに、ビール飲んだの初めて!?」
「お酒自体初めてです」
やっぱりそうか、と北尾は思った。
あの環境を鑑みるに、高校生に飲酒を勧めるとは到底思えない。
「うわー! すごい希少価値!! 北尾、どこからこんな深窓の令嬢見つけてきたんだよ!?」
忍を挟んで北尾の反対側に座っている二年生が、けらけら笑っている。
(こいつも既に出来上がってんな)
酒の席なのだから一向に構わないのだが、それにしても、早過ぎる。
まだ店に着いてから一時間も経っていないのだから。
「もう、どこでもいいだろ! お前ら、真面目な後輩からかうんじゃねーの! 東条も、飲めないんだったら、あんまり無理な、呑み方するなよ?」
さり気なく、北尾はビールの注がれた忍のグラスを、ウーロン茶のグラスと交換した。
「あ、ハイ」
飲み慣れていない後輩は、北尾の言葉に素直に従った。
ビールん苦味自体も受け付けなかった様だ。
「北尾くーん? 今日は無礼講よーん? ブレーコー! キミはぁ、こういうオカタイおじさんなんか横に置いといて、記念すべきアルコールデビューにしちゃいなさーい!」
北尾と忍の間に割り入る様に町田が入ってきた。
宴席一周お酌の旅を終えてきた彼は、先刻より更に出来上がっている。
「コラッ! 町田!」
北尾が制するのも振り払って、町田は忍の前にピンク色の飲み物が入ったグラスを置いた。
ビールのグラスより、背が高い カクテルグラスだ。
「苦くて飲みづらいなら、こういうのならいけるっしょ!」
「町田!」
「北尾うるさい。 ま、飲んでみ?」
「 それじゃあ…」
半ば気圧された様子で、忍がグラスに口を付けた。
ビールに較べて口当たりが良かったのだろう。
あっという間に半分程呑んでしまった。
「よしよし。そのちょーしそのちょーし!」
満足げに頷くと、町田はまた巡回を始めた。
「おい、本当に無理するなよ」
北尾は忍に耳打ちした。
「これなら俺でも呑めます」
忍は、まるでジュースでも飲んでいる様な勢いでグラスを空けてしまった。
(まさか、酒だって気付いてないんじゃないだろうな!?)
北尾は、アルコール初心者のペースから逸脱しそうな忍に危機感を覚えた。
「いや、味のことじゃなくて 」
アルコールの量の話だ、と言いかけた処に数人割り込んできて、北尾の言葉を遮った。
「飲んでる?」
「グラス空いてるじゃん」
「甘いの好きだったら、こっちのもウマイぞー」
数種類のカクテルが忍の前に並べられた。
グラスの形状からして、町田が持ってきたものよりもアルコール度数の高いカクテルばかりだ。
(おいおいおい、危ないって!)
北尾が止めるよりも早く、忍が二杯目のグラスを煽った。
それもまた、結構な勢いで。
「東条! それ全部カクテルだぞ!? ビールよりキツイ酒なんだからな!」
北尾が慌ててグラスを取り上げたが、もう遅い。
とうにグラスは空になっていた。
「…え? 食べ物…ちょっと味が濃かったので、喉渇いてて…カクテルなんですか? 飲みやすいから、てっきりお酒じゃないと思っていました」
既に、頬に赤みが差している。
にも関わらず、彼はしっかり三杯目のグラスを手に持っていた。
「ほら、ヤバイって」
北尾が忍の手からグラスを取り上げる。
「ヤバイんですか?」
忍の顔がとろんとしていた。
「ヤバイよ!」
「そんな事より、暑いですよね…この部屋」
そう言って忍は、後に下がると、座敷の壁に背中をくっつけた。
いよいよ、酔いが回ってきた様だ。
そのまま俯いて、膝を抱えてしまった。
(マジで今日、こいつおかしいぞ)
おかしい、と言い切ってしまえる程親しい訳ではないが、その北尾にも今日の忍が普通ではない事は分かった。