話を聞き終えた長倉の表情はあまり芳しくなかった。
「根拠としては、確かに弱いですよね」
 ふう、と長倉は溜息を吐く。
(駄目か…)
 志月は宏幸と目を合わせ、諦めの息を吐いた。
「ただね、この件は本当に取っ掛かりが少ないんです。
 直接胴元に繋がる様な情報は一切出てこない。
 そればかりか、客側の情報さえ入手困難でして。
 ただでさえ未成年の上、いわゆるエリートの卵ばかりで…関係者皆一様に異常な程口が堅い。
 そう考えると、東条さんのお話は『根拠が弱い』の一言で切って捨てるにはもったいないんですよね。
 端からは些細に映る事でも、身近な人間には強い違和感を与える事象は確かにあります」
 長倉の言葉に、志月は顔を上げた。
「では  
「調べてみましょう!
 もしかしたら、突破口になるかもしれませんしね」
「ありがとうございます!」
「その代わり、一つお願いがあるんですが」
「何でしょうか?」
「もし、あなたの懸念通り忍君が当事者だった場合、無事に戻ってこられた時は彼に取材させて頂きたい」
 長倉の目が、眼鏡の奥で光る。
「それは…」
 さすがに志月も即座に返答出来なかった。
「さっきも言いましたよね。
 この件は、関係者が皆一様に口が堅い、と。
 ですからこちらとしては取材させて頂けるなら協力しましょう、という事です」
「…それは、頼みというより、条件  ですよね」
 志月の言葉に、長倉はすっと目を細めた。
「長倉、相手は未成年だぞ」
 それまで黙って成り行きを見守っていた宏幸が抗議する。
「だから、お願いしてるんだよ。
 未成年だから、情報が余計出てこない。
 もし、東条さんの話がビンゴなら、一気に核心へ迫れるんだ」
「脅迫まがいのお願いが聞いて呆れる…ん?
 長倉、核心へ迫れるって事ぁお前、何か掴んでるな!?」
 宏幸は、派手に音を立てて椅子から立ち上がった。
「ありゃー、こっちの口が滑っちゃったかなぁ」
 これは困ったとばかりに、長倉が肩を竦める。
「言え! 何を掴んでる!?」
「ハイ、そーですか、って答えられると訳無いだろ? 大事な飯のタネなんだからさー。
そうだねぇ…じゃあ、こういうのはどうだい?」
 宏幸に詰め寄られた長倉は、宏幸の鼻先に人差し指を突き付けた。
「取材権との交換さ」
 そこには、不敵な笑顔があった。
 そこで、志月の中でやっと話が一つに繋がった。
「長倉さん、もしかして、最初からそれが狙いだったのでは…?」
「あらら、察しが良いですね」
 未成年への取材はいろいろ制限もあり、そもそも簡単に許可の下りるものではない。
 それを彼は、牽制してみせたり、根拠が弱いからどうだろうかと勿体を付けてみたり、情報に通じている自分自信の価値を高めてみせ、交渉を優位に進めようとしているのだ。
「なーがーくーらー!」
 宏幸は、今度こそ殴り掛かりそうな勢いである。
「ハイハイ。アツくならない!
 君みたいな人間がどうして文芸誌の編集なんだろうねぇ。
 報道に移れば良いのに」
「俺は家庭が第一なの! そんな不規則で危険な仕事はできません!」
「入社研修の頃からずっとそんな事言ってたね、川島は。
  まあ、そんな事はどうでも良いや。
 どうしますか、東条さん?
 ここは一つ、取引に乗ってみませんかね?
 察しの良い人だから、気付いてるでしょ?
 僕の方はもう一手でチェックのところまで詰めてますよ。
 後は、あなたの決断次第です」
 全く彼の言う通りだった。
 志月はもう彼の取引に応ずるしか無い。
 それ以外に、彼から情報は引き出せない。
「乗ってみても良いですよ」
 だから、志月はそう答えた。
 しかし、ただ乗っかる訳にはいかない。
(この取引に乗ったとして、それに答えなければならないのは忍だ)
 さっきの話とは違って、今度は自分自身の問題ではないのだ。
 本当にお互いの利害は一致しているのか。
 利益と不利益の境目を見極めなければならない。
 彼が何を掴んでいて、忍から何を引き出そうとしているのか。
 無事帰還した彼を傷つける様な条件は飲めない。
 それを知らなければ、この取引には乗れない。
 ここからは駆け引きだ。
「ただ、折角ですからその後残り一手とやらを指してみてくれませんか?」
 だから、精一杯余裕のある笑みを作り、一方的な取引にならないよう、今度は志月が相手を牽制する。
 内心は、自分が目の前のこの人物と成人らしく渡り合えるのか、実は不安で仕方が無い。
 対面した相手は志月を成人している人間として見るが、自身が自認している年齢はたかだか十六歳である。
 それが、成人と対等に  ましてや人間の本質を暴くのを生業としている様な人間を相手に果たして通用するだろうか。
 内心は戦々恐々としながら志月は駒を進めた。
「おや、反撃されちゃいましたか。
 良いでしょう。僕の最後の一手です」
 幸い、長倉はこちらの駆け引きに乗ってくれそうだ。
 にやりと笑って、彼は自身の掴んでいる情報に関して、初めて詳細を話し始めた。
「今、進学校で続け様に起こっているであろう事件はさっきの話の通り。
 僕は今、その胴元がどこなのかというところまでは、実は掴んでるんです」
 なるほど、それは強力な手だと思った。
 胴元が分かっているという事は、活動半径がある程度絞り込めているという事なのだから。
 ところが、彼の顔はあまり芳しくはなかった。
 しかし  と更に長倉は続きを話し始めた。
「くどいようですがこの件、関係者の口が異常な程堅くて具体的な個人名が全く上がってこないんですよ。
 いや、名前が挙がらないと言うのは少し違うかな。名前の割れた売人は悉く消されてる。
 顧客の方も、ただ関係者の口が堅いだけじゃなくて、ここ数年で相当数の人間が行方不明になってるんです。
 おかげで、どこまで調べても胴元と売人、売人と顧客、それらの点を結ぶ線が全く見えてこない」
 相手は分かっているのに、中々尻尾を掴ませて貰えない、と言う事らしい。
「その、胴元とやらは教えて頂けるんでしょうか」
 更にもう一手切り込んだ志月に、長倉は一瞬渋り顔を向けた。
「うーん…まあ、良いでしょう。ただし、そちらが何か掴んだ時は、ちゃんと情報をオープンにして下さいよ?」
「約束します」
 少し迷ったようだが、どうやら情報を明かしてくれそうだ。
「胴元は高仁会系の指定暴力団ですよ。元々大阪を活動拠点にしていた、こってこてのヤクザ屋さんだったんですけど、ちょうどバブルの頃くらいからですかね  いわゆる経済ヤクザに転向しまして。
 その表の事業の拡大と共に、じわじわと関東圏に浸食してきてるんですよ」
「表の事業と言うのは、例えばどんなものなんですか?」
「最初は工業機械から家電まで電化製品全般でしたね。単体では輸出入が不可能なものも、製品化されたものの中に含まれている分には、それが貿易可能品目である限り税関をスルー出来ますから。 東条さんもご存知でしょうが、電気部品って言うのは軍事転用可能なものが意外と多いんですよね。もはや麻薬産業なんて連中にとっちゃ副収入に過ぎないですよ」
 それが、と長倉はここでひと呼吸置き、更に続きを語った。
「それが十年くらい前に代替わりした頃からですかね。池垣ってのが幹部にいるんですけど、その男が台頭してきた頃からガラッとカラーが変わりましたね。
 なりふりを構わないと言うか、仁義も侠義も無いと言うか。
 元々は大阪の寂れた花街を根城に風俗営業やらシノギやらでちまちまやってるだけの、直系には程遠い第三団体を預かる小物だったんですけどね。
 まあそれが、違法な風俗営業と麻薬売買をネタに、一度警察に組を壊滅目前まで追い込まれたのがきっかけで大化けちゃいまして、今や高仁会のナンバー3です。
 ここ四、五年は医療機器業界や製薬会社にかなり深く喰い込んできていて、大陸の黒社会とも繋がりが強い。その奥に潜んでいるモノを、僕は暴きたい」
 これまでに無く、長倉の目が鋭さを増した。
「奥に潜んでいるもの  ?」
 たった今、列挙されたものでさえ十分過ぎる程だと言うのに、眼前の記者は更にその奥が有ると言う。
「海を跨いで黒々と横たわる、本当の闇の産業  人身売買…正確には、臓器の密売です」
 麻薬どころの話ではない、と長倉は肩を竦めた。
「…そんなものが、本当に?」
 頭の芯が冷たく痺れている。
 もはや、理解の範囲を超えた別世界の話だ。
「麻薬っていうのは薬物依存に陥った顧客が何度もリピートして常連さんになってくれるから成り立つのであって、本来は一人一人のスパンが長い商売のはずなんですが、池垣の扱っている組織ではそこが違う。
 売人も顧客もとにかくスパンが短い。次々消えては入れ替わって行く。
 最初は麻薬事案として追ってたんですけど、これはちょっとどこかおかしいな  って思うようになりまして。それで、考えたんですよ。
 もしかしたら、ドラッグは他の目的の為の餌なんじゃないかってね。
 最初に誰かをドラッグで釣って、その周囲の人間を引き込ませるんです。
 そして、そのうちで条件が合致した人間を、商品として海外へ出荷する。
 もちろん、ドラッグで身体がヤラれちゃう前にね。
 だから、末端の売人に自分の部下は使わない。適当な客を選んで、薬を餌に売人に仕立てて、足が付きかけたら、消す。
 その為、顧客も売人も入れ替わりのサイクルが早くなっている。
 そうやって全貌を掴み辛くしているんじゃないかっていうのが、僕の考えです」
 聞けば聞く程、信じられない話だった。
 そんなものに、忍が関わっていると言うのだろうか。
「それで、忍に一体何を訊きたいと言うんですか?」
 問い質しながら、長机の下で膝を掴む指が冷たく、震えるのを必死で抑えた。
「生還者の肉声を  
 もし、本当にこの件に関わっているとしたら、彼はただ一人の生証人になる。
 その生の声ですよ、独占大スクープ間違いなしだ」
 目の前の記者がいささか高揚気味に笑う。
 志月の目には、その笑顔が酷く凄惨なものに映った。

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