「どうぞ」
 長倉に導かれるまま、薄暗い廊下を進み、二人が通されたのは小さな会議室だった。
 部内の無秩序な騒がしさが冗談の様な静けさだ。
 長倉がドア横の電灯のスイッチを押した。
 蛍光灯が弱々しく明滅する、渇いた音が微かに耳先を掠める。
 灯りが入って尚室内は薄暗く、何処か草臥れた印象を受けた。
 広いとは言えない室内には、傷だらけの長机が二台と十脚有るか無しかの古びたパイプ椅子、そして何度も書いては消しを繰り返し、すっかりインクのこびり付いてしまったホワイトボードが置かれていた。
 先程の部室とは正反対の殺風景な部屋は、まるで時間に取り残された様だ。
「汚い部屋で、すみませんねぇ。
 適当にそこら辺の椅子、使って下さい」
 促されるまま手近な椅子を手に取った志月に、長倉が一言付け足した。
「あ、気をつけて下さいね。
 時々、壊れてるヤツありますから」
 座ると底抜けますよ、と付け足した。
 それぞれ適当な椅子を出し、腰を下ろした。
「さて、ここなら誰も来ませんし本題に入りましょう  と言いたいところなんですけどね。
 その前に幾つかの事を明らかにしておきたい。
 あんた達の目的は?
 ネタの取り合いになるのは御免被りたいし  
 それに、やっぱり情報交換と言うからには、こちらにもメリットがないとね」
 長倉が身体を前に傾け笑みを浮かべる。
 古い椅子がひどく軋んだ。
 先刻から分かっていた事だが、随分警戒されているようだ。
「長倉、俺たちはお前のネタを掠め取ろうって言ってる訳じゃないんだ。
 あくまで個人的な事情だって、言っただろ。
 情報は情報としてちゃんと提供する。それは約束する!
 プライバシーの部分は勘弁してくれないか」
「だから、その個人的な事情の部分が知りたいんだって。
 話はそれからだよ」
「長倉、お前なぁ!」
 隣の宏幸は頑な同期に、苛立たしげに詰め寄った。
(個人的な事情  
 確かにそれは、説明が難しいのだ。
 下手をすれば家絡みの醜聞に発展しかねないその内容を、宏幸は気遣ってなるべく伏せようとしてくれているのだろう。
 しかし、柔和な表情を張り付けてはいるが、こちらを見据えている長倉の眼光は鋭い。
「分かりました。
 出来る限りお話しさせて頂きます。
 信用出来るのか  否かその上でご判断下さい」
「おい、志月  
 宏幸が制止すべく志月の方に視線を移した。
「この人は、これが仕事なんだ。
 有益か無益か判断もつかない。
 まして商売敵に回るかもしれない。
 そんな相手と、そう易々と取引に応じられないのは当然だ。
 このままでは、長倉さんはどうあっても話してはくれないだろう。
 だとしたら、胸襟を開かなければならないのは、俺の方だ」
 志月がそう答えると、長倉は背筋を伸ばし大きな拍手を返してきた。
「素晴らしいですね。さすが分かってらっしゃる!
 取引はやっぱり信用第一! そして、ウィン・ウィンでないと意味が無い」
 眼鏡を押し上げながら、長倉が笑った。
「安心して下さい。僕は下らないゴシップに興味は無いんだ。
 貴方のプライバシーを侵害する様な記事を書くつもりは無いし、僕以外の誰かに洩らしたりもしない。
 それは約束します。
  だってのに、聞いて下さいよ。
 この川島と来たら! 全く僕って人間を信用していないんですからね、嫌んなっちゃいますよ」
 そう言うと長倉は大げさに肩を竦め、志月の横に座る同期の男を見遣った。
「なっ! 長倉、テメーいい加減にしやがれってんだよ!
 顔合わす度におちょくりやがって!
 お前みたいなのが、一番信用出来ねえってんだ!」
「そうかい? じゃあ情報交換は取り止めにしておこうか」
「うっ  足下見やがって!」
 苦虫を噛み潰した様な顔で、宏幸が長倉を睨んだ。
 だからこいつに関わるのは考えものなんだ、不満げに洩らす横顔に、志月の顔には苦笑いが浮かぶ。
 一筋縄でいかない、癖のある人物のようだ。
「色々言ってスミマセンね。
 でもまあ、どっちも本音なんですよ。
 肚の探り合いをするもの結構ですが、そんな事やってちゃあ時間ばっかり喰っちゃいますし。
 率直に話し合いが出来るなら、その方がずっと信憑性も確かですし、何より早い。
 回り道を避けたいのはお互い様でしょ?
 さて、今回ご訪問頂いたのは、最近進学校の生徒を中心に蔓延しつつあるドラッグの件ですよね。
 失礼ですが、具体的にはどういった内容になるんでしょうか?」
 そして、志月は長倉にこれまでの経緯を掻い摘んで説明した。
 家の中の事情などはとりあえず割愛しておき、話の重点は学校に置いた。
「つまり、東条さんちの関係者である高校生が昨日から所在が分からなくなって、連絡も取れない。
 もしかしたら、それがもしかしたらこちらの追っているドラッグの件と関わりがあるかも知れないと言う事ですね?」
「そうです。
 ただ、今の段階では何とも言えません。
 ただの家出じゃないかと問われれば、それを否定する程の根拠もありません。
 だから現時点であなたにとって有益な情報に成り得るかどうかも保証の限りじゃない」
「そこら辺を検証するのは僕の仕事ですから、御心配なく」
 そう言って、長倉はようやく手帳を開いた。
「確かに、城聖学園も候補に上がってるんですよ。
 ただ、まだ話が上がってきて新しいんで情報も少ないですし、何より名門私立校ですからね。
 関係者の口がなかなか堅くて…辟易してたとこなんです。
 そんな訳で、内部からの情報提供は助かりますよ」
「と言っても、私も噂話程度の情報しか持ち合わせてないのですが、構いませんか?」
 志月が持っている情報は、忍が病院を訪れた時に話していたものだけである。
 局所的かつ主観的な情報だ。
「構いませんよ。それで、その失踪した彼の所属していたのはどういったクラスですか?」
「特進です。自分より上位の生徒が一辺に順位を落とし、そのまま転校してしまったと話していました。
 彼自身、その時点で首位獲っていましたから、もしかしたら  と考えたんです」
「進学校の特進クラス…。
 なるほど、なるほど。
 確かに条件は揃ってますねぇ。
 上位の生徒ばかりと言うのは新しいパターンですけど、特進クラスというのはこれまでのケースと合致します。
 公立、私立に関わらず、メインターゲットは学年順位が三十番くらいまでの生徒に集中してますからね。
 そういう席次の生徒と言うのは私立の場合、特進とか医進とか特別クラスの生徒がほとんどです。
 それで、その子  忍君、彼の口から具体的な個人名は出てました?」
 問われ、志月の頭に浮かんだ名前は二つあった。
「一人は一年の頃からの同級生で坂口という生徒です。
 一年の頃はほとんど話した事も無かったそうですが、二年生になってからやたら親しげに接してくるようになって、それを不思議そうにしていました。
 もう一人は、不動という生徒なんですが、転校生です。たまたま席が隣になり、親しくしていたようです」
 忍の親しい生徒は後二人話には聞いているが、その二人はどうも関係無いように思えたので、ここでは名前を出さなかった。
「転校した生徒っていうのは、誰だか分かります?」
「そっちは分かりません」
「じゃあ、坂口と不動という生徒の事で何か聞いてる事ってあります?
 例えば、よく行く店とか、何かサークル活動をしてるとか  
「坂口君の事は幾らか  予備校の話だとか、家庭教師の話だとか、受験の話しかしない…そんな感じの話をしてました」
「予備校  もしかして、進藤ゼミナールですか?」
 予備校に反応した長倉が、眉尻を持ち上げた。
「さあ、どこの予備校かまでは…」
「そうですか…。
 じゃあ、もう一人の事は何か分かりませんか?」
「特に何も…強引で困ると零していたくらいです。
 そう言えば、私生活の分かる様な話は、少なくとも忍の口からは聞いた事が無い」
 改めて問われてみれば、忍から語られる彼の姿は校内での事に終始し、学校の外での様子を窺わせるものは何一つ無かったと気付く。
(これは少し、変なんじゃないのか…?)
 他の友人の話を思い起こしてみれば、程々に私生活は垣間見えるものだった。
 家族構成、将来、よく訪れる喫茶店の話  何気ない話が、色々出てきていた。
 それに比べて、不動と言う生徒の話は不自然な程に私生活が見えない。
 不思議な存在だ。
(いや、ここまでとなると、むしろ不審と言うべきか…)
 こんな騒ぎが起こる前から、忍の口からその名前が出る度に奇妙な胸騒ぎを感じて仕方が無かった。
 或いは、この先にはその答え待っているのだろうか。

前頁ヘ戻ル before /  next 次頁へ進ム

+++ 目 次 +++


PAGE TOP▲