Scene.5 幻 覚 肥 大
1.温泉旅館『秀のか』/離れ 12月18日 AM3:30
その時要は、七海の制止の声も届かないほど夢中で、その華奢な身体を求めた。
自分よりも遥かに大人である恋人に対して、いかにも子供じみた男はみっともない。
これまではずっとそう思ってきた。
つまらない矜持には違いないのだが、七海に認められる自分でいたかったのだ。
同性である自分を受け入れてくれる恋人に対する遠慮を感じていた事も、否定出来ない。
なるべく大人の男で在れるよう、相手の意思をまず尊重する懐の深さを持てるよう、意識しながら あるいは無意識のうちに抑制してきたものは決して少なくない。
そして、それはこの先もずっと保たなければならないバランスだと思っていた。
それが、まさか。
こんな風に求められるが日が来るなど、想像もしない。
「えん…ど、っ…」
七海の口唇から洩れる。
要の腕の中で、彼は身を捩った。
その動きがそのまま彼自身の内部を強く刺激したらしい。
「あ…、ぁあ あっ、あぁ!」
悲鳴にも似た嬌声と共振して、深く繋がったその場所が強く締まる。
「……!」
それが脈打つ様に収縮と弛緩を繰り返し、二人が果てたのはほぼ同時だった。
要の首に巻き付いていた七海の腕が緩む。
滑り落ちようとする身体を引き止め、口唇を重ねる。
「ん、んん…っ!」
苦しげに、息継ぎを求めて離れようとする口唇を、下顎を掴まえ、留めた。
深く、深く、大切な何かを探る様に、舌を絡める。
欲しい言葉を、引き出そうとしていたのかもしれない。
「…ふ…は…っ 」
呼吸の限界に達したのか、今度こそ七海の身体がくたっと崩れ落ちた。
布団の上に投げ出された身体に、要は自分の身体を被せた。
息切れに上下する胸郭が、重ねた胸に伝わる。
その頬に、自らの頬を擦り寄せた。
「苦し…無茶、すんなよっ」
切れ切れの息の隙間から、七海の抗議めいた声が洩れる。
「そのくらい欲しいんだって言ったら、怒りますか?」
そんな事までも口走ってしまったのは、やはりこの非日常がもたらした効果だろうか。
「〜〜っ! お前って、時々…本当に、バカだ」
ぴたりと付けていた身体を少し浮かせて、七海の顔を見る。
言葉に反して、紅潮した頬。
乱された呼吸に、荒く上下を繰り返す胸。
今までに見た事も無い様な、頼りなげな表情。
腕の中に在るのは
仕事中の彼は常に自信と確信に満ちていて、同性として斯く在りたいと思わずにいられない、未だ雲上の人。
日常的生活の中では、どうしようもなく生活能力に欠け、面倒くさがり屋で、気まぐれで、傍若無人で、時々子供みたいなわがままを言ってはヘソを曲げる、可愛い人。
七海に対するシンプルかつ根源的な感情。
抑えがたい情動は尽きない。
これほど深く欲しいと思う人に出会う確率は、人生のうちで何パーセントあるのだろう。
「ね、七海さん もう一回」
「えっ?」
明らかに虚を衝かれた顔で、七海が慌てて起き上がろうとした。
その身体を、布団の上に縫い留める。
「だめ…ですか?」
しかし、要の腕から逃れるには至らなかった。
乱れた浴衣が七海の身体に絡み付き、彼は思う様に身体を動かせないようだ。
腕の中でもがく姿に却って熱を煽られる。
はだけた襟から露出した鎖骨に口唇を這わせた。
「まだ、いいって言ってな 」
そこから鎖骨を口唇で辿り、その右端を強く歯を立てる。
「ッ !」
左腕を掴み上げ、その裏側の柔らかい肌を吸い上げた。
「や…っ」
零れ落ちる甘い声が、要の中で反響する。
「どうしても、嫌…?」
浴衣の裾を捲り上げ、膝から太股を撫で上げた。
その手を、ゆっくりと内股へ滑らせる。
耳の後ろに舌を這わせて、低く囁く。
「いいですよね…?」
質問形ではあったが、止められてもきっとやめない。
止められない。
首筋 耳朶 甘噛み。
掌を内股から中心へ滑らせた。
びくんと、七海の身体が揺れる。
いつもより遥かに敏感に彼は反応していた。
「訊くな、馬鹿…!」
目を潤ませながら、七海が要の首にしがみついてくる。
一度目の欲を受け止めたその場所は、まだ熱を保っていた。
指で入り口を確かめる。
「このまま…いいですか?」
自らの熱の塊を、同じ場所に押し当てた。
「だからっ…訊くな…ッ!」
情交の跡に濡れた入り口が、先端に絡み付いてくる。
それにつられる様に、七海の脚が要の腰に巻き付いてきた。
腰と腰がぶつかる。
彼の深い場所にくさびが打ち込まれた。
「ア !!」
甘い痺れを帯びた悲鳴。
「ア、ア ア」
大きく見開かれた七海の眸から、涙が零れ落ちる。
(これは )
七海がこんな風に乱れるところを見た事が無い。
(ヤバイ…)
与えられた刺激に、七海の内部が蠕動している。
それが律動となって、要をより深くへ飲み込んで行く。
「は…早・くっ! 動けっ…!」
切羽詰まった声が、更に欲情を煽った。
「 ッ!」
間違っても彼の身体を傷めない様に、慎重に腰を動かす。
しかし、間を空けずの行為に過敏になっている七海の内部は、僅かな刺激に反応し、その度に要を強く締め付けた。
「ア…ア、アア !」
七海の口から間断無く漏れる、濡れた声。
耳の奥で大きく反響し続ける、甘い音。
「くっ…ぁ…! す…みませ…っ、加減、出来な…い!」
一体、理性などというものは、こうも容易く灼き切れてしまうのだろうか。
七海の身体に掛かる負荷を気遣うだけの余裕は、到底保てそうにも無かった。
「い、らな っ」
七海が、要の首筋に爪を立てた。
「加減なんか、いらない !」
今まで聞いた事も無い、甲高い嬌声が要の耳朶に咬みつく。
「本気だっ、て…、感じさせて 信じ…させ、て、みろ…!」
詰まって切れ切れになった声は、いっそ悲壮にも感じられて。
縋り付く腕が、愛おしくて。
挑発的。
煽られ、要は歯止めの利かない本能と、感情の奔流に身を任せ 細い腰を、何度も、何度も突き上げ、揺さぶった。
やがて、堪えかねた七海の身体から力が抜け、要の首に縋り付いていた腕が滑り落ちた。
「七海さん !?」
清潔な褥の上に崩れ落ちた身体から、意識が消失している。
(無茶…し過ぎた)
力無く横たわる彼の顔色は、青白く痛々しい。
(それなのに…)
そんな姿にどこか満たされた気持ちになっている。
(俺…もしかして、酷い人間なのかな)
多少挑発された部分があるにせよ、
ただ感じているのは、これまでよりも深い愛しさ。
本当に、この人が好きだ。
年齢も立場も取り巻く環境も何もかもが、彼の前では些事でしかない。
こんな風に自分を求めてくれる人間なんて、どこにもいない。
こんな滅茶苦茶な求められ方をして、それが嬉しいなどと思わせられてしまう相手なんて、他にいる訳が無い。
要は、七海の乱れた浴衣を整えてやると、そっと布団を掛けてやった。
その無防備な寝顔に、七海の口唇に触れるか、触れないかのところまで自らの口唇を近付けた。
そして、譫言の様に、何度も、何度も、『好きだ』と、言葉のキスを繰り返した。