scene.4 Stalemate!?
まさに、怪談にお誂え向きな天候。
妙な居心地の悪さに、要の視線が泳ぐ。
突然、視界に入った書棚から何かがばさりと落ちた。
まるで、予め仕掛けていたかの様なタイミングに、要は文字通り飛び上がってしまった。
「遠藤…そんな驚かなくても」
七海が呆れ顔で溜息を零した。
「びっくりしますよー。さっきまであれだけおどかされてたら!」
「ただのポケットアルバムだよ。今度同窓会があるから、名前と顔間違えないように確認しようと思って出してきたんだ。ふにゃふにゃしてるから、不安定だったんだな」
やれやれと言いた気に七海が肩を竦めた。
七海はそのままアルバムを拾う為に立ち上がろうとしたのだが、その動作が途中でぴたりと止まる。
次の瞬間、一際大きな雷鳴が轟いた。
「 !!」
と、共に、何か別の 人間の可聴域を超える音が響いた。
かと思ったら、要の腹部に何やら衝撃が。
「げほっ!」
思わず咳き込む。
眼下には七海の旋毛。
衝撃の正体は、七海の頭らしい。
「何でいきなりタックルなんですかっ?!」
まさか、さっきの怪談の続きかと一瞬警戒したが、すぐに違うと分かった。
「…七海さーん?」
両耳をしっかり塞いで、要の膝に頭を付けて固まっている。
(もしかして…)
先ほどから、やたら外出を渋っていたが。
その理由は。
「今の…どっか近くに落ちたぽくないですか?」
カマをかけてみる。
七海の肩が、びくっと跳ねた。
(あ、やっぱり)
どうやら、要の予想が大当たりした様子。
「七海さん、雷、怖いんですね?」
「 っ」
再度、肩が揺れた。
図星らしい。
これは、意外な弱点だ。
「実家、結構標高が高いって言ってませんでした? 雷ってそういう山ん中の方が派手そうですけど」
怪談の仕返しと言う訳ではないが、少々意地悪な言い方になってしまっただろうか。
「〜〜〜っ、うっさい! トラウマなんだよ!! 子供の頃の!!!」
やっと少し顔を上げた彼の顔は、涙目になっていた。
「すみません」
尋常ではないので、ここは素直に謝っておこう。
「口だけだろっ、『いい大人が』って思ってる! 絶…っ対! 思ってる!!」
却って火に油を注いだらしく、その眉間には思い切り縦じわが刻まれている。
普段ならヘソを曲げてもすんなり意外とすんなり矛を収める七海が、この時はそうならなかった。
要の怪談恐怖症と同様、七海も雷では結構揶揄れたのかもしれない。
「つか、さっき七海さんだって俺の怪談嫌い揶揄ってたじゃないですか。同じじゃないですか」
彼の理不尽な悪態に、要はささやかな抵抗を試みた。
「全っ然、違う! 遠藤、よく考えろ。お化けで人は死なないだろ? 雷はな…、雷はな…、落ちたら死ぬんだぞ!?」
真剣に涙目で胸倉を掴まれた。
既に空は明るくなりつつある。
不思議なもので、雷雨と言うのは近付いてくるのも急なら、去るのも早い。
雨脚は、スイッチが切り替わった様に穏やかになっていた。
雷鳴が遠離るにつれ、七海の身体から徐々に強張りが解けてくる。
「…落ちたんだよ、雷」
要のシャツを掴んだまま、七海がぽつりと呟いた。
「落ちた?」
要の胸に七海が額を付けた。
「小学校の、裏山」
その様子が少々項垂れ気味だったので
(可愛いなー)
などと不埒な気持ちが頭をもたげる。
するとそれを読み取ったかの様に、ぴくん、と耳が微かに動いた。
「…お前、田舎の雷ナメるなよ…?」
そして、ゆらりと力無く上げた顔は、決して可愛いなどと言って良い雰囲気ではなく。
むしろ、更に険悪な空気を醸し出している。
相変わらず涙目のままだったが。
「裏山って言っても校舎から落雷現場までの距離、わずか50メートルなんだからなっ!」
それは近い、と要も驚いた。
町中に住んでいると、それだけの近さで落雷に遭う事はほぼ無いと言える。
要が言葉を返す間も無いまま、七海は更に捲し立てた。
「そんだけ至近距離に雷落ちるとどうなると思う? 落ちる直前に身体が磁石で空に持ってかれるみたいになるんだぞ!? そんで、落ちる瞬間、空いっぱいに木星の目みたいなピンク色の口がカパーって開いて、身体に電気が走るんだよ!
おかげで、身体が雷の落ちる感覚憶えちゃって、雷雲が近付いてくると、気圧と電圧が変わる空気を感じる様になっちゃったんだっ!」
低気圧が近付く気配が分かると言う人は、存外いるものだが
(電圧って…)
「壮絶ですねぇ」
それは、確かにトラウマになるかもしれない…。
「当たり前だっ。お化け怖いなんて可愛いトラウマとは、訳が違うんだからなっ」
「可愛いトラウマって、何ですか」
要は思わず苦笑した。
「可愛いじゃないか! お前なんかお化けだぞ? 図体の大きいハタチをとっくに過ぎた男が、お化け怖いなんて言うのに比べたら、僕が雷怖いのなんて…全然普通だっ…」
悪態を吐く七海の声のトーンが、段々大人しくなってきた。
何だか、ちらちら覗き見える顔も桜色。
「はいはい」
おそらく、間違いなく、本当に彼は理不尽なのだが、それでも要の顔が緩んでしまうのは、涙こそ渇きつつあるものの、未だに七海が必死に要のシャツの襟を握りしめたまま、くっついて離れないからだろう。
「何、笑ってんだよ」
また、睨まれてしまった。
襟を掴む手を外して、首に回させる。
「笑ってませんよ」
そして、自らの腕を背中に回した。
「もうちょっと天気が落ち着いたら、買い物に出ましょうか」
額に、軽いキス。
「……うん」
口唇に、キス。
一時は一方的に弱みを握られてしまうかと危ぶまれた要だが、今日のところは何とか引き分けに持ち込む事が出来たようだ。