scene.3 弱点

「て事があったんです。  昨日」
 午前8時、七海の部屋で要は普段の当直の3倍疲れた顔でへたり込んでいた。
「それでカンファ出ずに帰ってきたのか」
「まあ…」
「知らなかったなー。お前心霊関係駄目なんだ」
「昔っからあのテの話は駄目なんですよ…」
 はっきり言って、ぐったりだ。
「ふーん」
 それを、何故昨夜あんなに頑張って参加したかには、一応訳がある。
 一つは、やはり恋人にこんな子供時みた弱点を知られたくないと言う事。
 院内の誰かに知れた事は、瞬く間に面白可笑しく伝播するのが世の常だ。
(結局、バレたけど)
 ちらっと顔を上げて、七海の顔を見てみる。
 予想に反してそれほど呆れた顔はしていなかったが  
 その時、七海が急に要の肩の後ろを指差した。
「あ! お前の後ろ! 誰かいる!!」
「ぅわあああっ!?」
 要は咄嗟に目の前の七海にしがみついた。
 しかし、哀しいかな体格差。
 傍目に見れば、どう見ても要が七海を押し倒しているようにしか見えなかった。
 或いは、大型犬が小動物に飛びかかったようにしか見えなかった。
「〜〜〜! 遠藤、苦しいっ、苦しいって! 冗談だってば、いないよ誰も!」
 ギブを訴えるように、七海が要の腕を叩く。
 慌てて七海から離れる。
「ごめんごめん、そんなに怖いんだ」
 少しは悪いと思ったのか、七海は笑いを噛み殺しているようだ。
「冗談じゃないっすよ! でなきゃ、俺がカンファほったらかして帰って来る訳無いじゃないですか!」
 憤然と要が訴えると、とうとう堪え切れなくなったのか、七海は腹を押さえて笑い出した。
(これだから、知られたくなかったんだ…)
 七海に限らず、こういう弱点は面白がってわざと驚かしてくる人間が必ずいる。
 いや、むしろ大半が揶揄いの種にする。
 昨夜、必死で我慢したのはそれを回避したかったからだ。
 しかし。
(すっかり、台無し…)
 カンファをサボって帰ってきた事で不審がった七海に、問い詰められて隠し切れなかったのだ。
 もはや、目の前の七海は遠慮も何も無く笑い転げている。
「いや、その図体でお化け怖いって意外って言うか  そっか、ふーん」
「だから、何でそんな嬉しそうなんですか!」
「気にしない気にしない」
 よしよし、と頭を撫でられてしまった。
 ますます子供扱いだ。
「やめて下さいよ」
 撫でてくる手から、要は頭をずらした。
 七海も、それ以上しつこくはしなかった。
「それにしても、あんまり怪談なんていうのは変化しないものなんだなー」
 一息置いて、七海がそんな事を言い出した。
「……は?」
「さっきの、最後の話。あれ、うちの大学にもよく似た話があるよ」
「国試浪人の…?」
「うん。まあ、国試浪人の恐怖なんか医学生特有のネタだろうし、その分、医学部のあるところにはそういう話あるのかなって気もするけど」
「………」
「あ、でも僕が聞いたのは怪談じゃなくて、本当にあった事件だったかな」
 七海の顔が、何かを思い出している顔になる。
(ヤバい)
 このパターンは。
 背筋に悪寒が走る。
 当然、これは霊感などではない。
「そうそう、僕が知ってるのは最後だけ違ってて、そのドクターの恋人の前に現れる下りはないんだよな」
 七海が話し始めた瞬間。
「わー、わーわーわーっ!」
 両耳を塞いで、大声を出してそれを遮った。
 悪気は無いのだろうが、正直これ以上幽霊にまつわる話は聞きたくない。
 空を見れば、天気までも調子を合わせているのか下り坂だ。
 お誂え向きの黒々とした厚い雲が、じわじわとこちらへ迫ってきている。
「何だよ、もう。だから、僕が言ってるのは多分怪談じゃないって」
 何だか七海は、まだ話したそうだ。
「それより、買い物行かなくていいんですか!?」
 要は、どうにか心霊ネタから話を逸らしたくて、苦し紛れに別の話題を振った。
「え、ああ、うん……」
 その時の七海の反応は、予想外に鈍かった。
「ホームセンター行くって言ってたじゃないですか。せっかく早く帰ってきたんですから、行きましょうよ」
 天気は崩れそうだが、怪談と雨天の買い物なら、まだずぶ濡れでも買い物の方が遥かにマシだ。
「いや、急がないし、今日は……」
 七海にしては、歯切れが悪い。
 視線も泳いでいる。
 おかしい。
 昨夜電話を入れた時は、要を置いてでも買い物へ出ようという勢いだった。
 それが、一体どうしたのだろうか。
「??? 濡れるのが嫌だったら、車出せば良いじゃないですか」
「いや、それは…そうなんだけど」
 七海は、全く動こうとしない。
「?????」
 訳が分からず、更に問い質そうとした時、窓の外で稲妻が走った。
 一瞬野間を置いて、雷の低く鈍い音。
 追い打ちを掛ける様な大雨が、とうとう降り始めてしまった。


前頁ヘ戻ル before /  next 次頁へ進ム

+++ 目 次 +++

PAGE TOP▲

    本編
  1. 嘘の周波数
  2. Ancient times
    夏祭り SS
  3. 抗体反応
    After&sweet cakes SS
  4. 依存症 [連載中]
    番外編
  1. 真実の位相
  2. 二重螺旋
    企画短編
  1. 50000Hit記念
    Stalemate!? SS
    scene.1
    scene.2
    scene.3
    scene.4

拍手してみる。