scene.3 シーラカンス
碧い照明と、海を描いた壁。
人が一人入れる大きさのアンモナイトの模型に出迎えられ、二人は深い海の底へ招き入れられた。
どうも子供の興味は主に陸上の生物に集中しているようで、ここまでくると本当に静かだった。
「あ、あれならお前でも知ってるんじゃないか?」
七海が数個先の展示物を指し示した。
ごつごつした魚の形の大きな骨がそこ置かれていた。
「ええ?」
言われて、要はその展示物の前へと足を速めた。
「まぁ、この骨は化石だけど、この生き物自体は現代に生き残っている種族だ」
半歩後ろから、七海が言った。
「ええ!? 現生してるんですか!?」
「聞いたことあるだろ。シーラカンス、生きた化石だ」
固有名詞を示され、やっと要はそれが自分の知識の中にも存在する生物だと分かった。
「これが、シーラカンスなんですか?」
しかし、名前は知っているが、骨だけになってしまうと、それが何モノなのかまるで分からない。
「シーラカンスというのは本来シーラカンス目の総称で、現生しているのはシーラカンス目の中の、ラティメリア・カルムナエという種族だ。その種族の和名としてシーラカンスという名称が使われている。だから、日本人が普通にシーラカンスと呼んでいるのはラティメリア・カルムナエのことなんだよ。その他のシーラカンス目の古代魚で現生してるのは、インドネシアシーラカンス。現生しているのはこの2種だけだな」
「へぇぇ、化石になっちゃうと分かんないもんですね」
要は改めてその骨をまじまじと見詰めた。
頭の大きさに対してやたら大きな口だとか。
下膨れの頬骨とか。
言われて見れば、なるほど、そういう形に見えてくる。
でも、大きなチョウチンアンコウと言われれば、そういう風にも見えそうだ。
「肉皮一枚で変わるんだよ。どんな生き物も 人間もな」
そう言って七海が苦笑いした。
彼は、それからずっと展示物について事細かにガイダンスしてくれた。
その知識量は半端ではなく、古生物学者とまでは言わないが、博士課程の院生程度の学識は備えていた。
(ヤベぇ、詳しすぎてわからねぇ)
それはもう少年時代の髣髴などと言う可愛らしいものではなく、いっぱしの講義だった。
「 だから、カンブリア紀から、俗に言うジュラ紀の地層には……て、ついてきてるか?」
七海が、ますます静かになってしまった要の顔を覗き込んだ。
「は…何とか」
何とか答えたものの、大学で、入る教室を間違えて別の学科の講義に紛れ込んでしまったような気分だった。
医学的な討論なら多少なりついて行ける自信はあるのだが、古生物学となると要の守備範囲からは完全に外れている。
「それにしても常盤木先生、やたら詳しいですね」
日常生活、あれだけ仕事に追われていて、どこにこんな分野外のことまで勉強する暇があるのだろう。
「僕は、もともと古生物学者になりたかったから」
要の疑問に、少しはにかんだ顔で、七海がそう答えた。
「え…? ええ!?」
要は、てっきり七海はこれまで医学一筋だと思っていた。
「意外か?」
「はい…かなり」
「僕は、もともと信州の出身だからね。
覚えてないかな、小学校の社会で習うだろ? ナウマンゾウの化石が出てきた野尻湖。あそこが僕の実家の近所なんだ。
父さんの車に乗ってさ、そういう発掘現場の跡地巡ったり上越市の科学館行ったりね。
そういう環境だったせいか、将来はインディジョーンズみたいに発掘しながら冒険するぞって、本気で考えてたな」
そう言って、七海は照れ臭そうに目を細める。
「そうだったんですか」
本当に意外だった。
しかも、今も尚専門的な知識を吸収し続けているということは、もしかしたら、その夢はまだ過去のものではないのかもしれない、と要は感じた。
(今でもこんなに夢中になるくらい好きなのに、どうして全く畑違いの世界へ進んだんだろ?)
ふと、些細な疑問が浮かんできたが、それを口にするより先に、七海が口を開いた。
「遠藤は?」
「は?」
「遠藤は、小さい頃何になりたかった?」
「俺ですか?」
「お前の事だから、お医者さん一筋かな」
そう言った七海の顔が、学校の先生が生徒を見るような目線だったので、要は少しカチンときた。
「別に、そんなでもないっす。それなりに子供の頃は色々…」
医療バカのような言われように、ささやかな抵抗を示す。
「へえ、何?」
「えーとですね…ホラ、警察官とか、パイロットとか、消防士とか 」
ほわんと憧れた職業をつらつらと並べてみた。
「何だ、すっごいお約束な子供だなぁ。もしかして、小さい頃の好物はハンバーグとか?」
それに対して、七海は呆れた顔で要を見上げた。
「アレ? なんで知ってんですか?」
そんな話をしただろうか、と要は首を捻った。
「信じられないな…! 教科書に載るぞ、お前」
普通に答えたつもりなのに、何故か更に笑われた。
そして、届かない手を精一杯伸ばされて頭を撫でられた。
またもや生徒扱いだ。
(何でだ??)
気付くと、いつも先生と生徒になっている。
いや、それは決して間違っていないのだが。
休日までもそのスタンスになるのは、さすがに嬉しくない。
とほほな気持ちで要はバレない程度に溜息を吐いた。