scene.2
結局約束の時間五分前に待ち合わせ場所の南改札に着いた。
見回しても、千里はまだいない。
しばらくして、改札正面の階段から見覚えのある頭が見えてきた。
約束の時間十秒前 カウントダウンだ。
そして、その律儀なのかルーズなのかコメントしがたい友人が忍の目の前にたったのは、まさに秒針までもがぴったり十二を指した瞬間だった。
「久しぶり~」
言われてみれば、入院中は三日に一回くらいは顔を合わせていた気がするが、川島家に移ってからは一度も会っていない。
「あ、そうだ。 これ、川島さんの奥さんから」
鞄の中の小さな包みを千里に手渡す。もちろん、先刻弓香が忍に持たせたクッキーだ。
「あれ? 何、この可愛い包み」
千里が首を捻る。
「さっき、川島さんちの奥さんが焼いたクッキー。千里にだって」
「へえ~、売り物みたい! ありがとうございますって伝えてね。 あはは、こんなの持って帰ったら妹に取られそう てか、追求されそう!」
実は千里はあまり甘いものが得意ではない。
しかし、人から頂いた物に対してわざわざケチが付く様な事を言う様な性格でもない。
「それで今日は何で急に?」
出来れば同じ誘ってもらうにしても、もう少し前以って言って欲しいと忍は思った。
「んー、実はオレも急に思い立ったんだよね。 て言うか、以前から計画はしてたんだけど、今日急に実行しよう!! って気になっちゃったんだよね」
肝心の内容を答えないままに、千里は持ってきたらしい楽器ケースを肩に掛け直した。
「えーと、まず…お昼食べた?」
あくまで核心には触れないままに、先へ進めるつもりらしい。
どうせ後で分かるのだろうしと、忍もそれ以上の追求はしなかった。
「お昼は済ませたよ。電話寄越したの、一時過ぎてたじゃないか」
「あ、そう。じゃ、こっちだ」
千里は忍の手を引き、駅を出て繁華街の方へ足を向けた。
「千里、ちょっと! どこ行くんだよ」
行き先も知らないまま手を引かれ、忍は慌てて目的を質す。
「もうすぐ誕生日でしょ? プレゼント買ったげるよ」
「え? ああ、でも 」
そんな事を知っていたのにも驚いたが、「買ったげる」と言う割に千里は特に希望を訊かない。
彼の中で目的のものは既に決まっているらしい。
繁華街を五分ほど歩くと、千里は突然足を止めた。
「ここ! この店がこの辺りで一番機種多いんだよねー。オプションも揃ってるから入荷待ちしなくていいし」
そこは一軒の携帯ショップだった。
「ええ!?」
「いい加減連絡取れなさ過ぎ! しかも呼び出すのに他所様のおうちにいちいち電話するの気が引けるし、自分の状況を考えたらこれくらい持って欲しいんだけど! プリペイドだったら基本料や解約みたいな手間ないし、持ってもいいんじゃないの?」
千里に背中を押されて、忍はプリペイド携帯のコーナーに辿り着いた。
「まずー、どこの会社のにする?」
「どこって言われても」
忍はこういう事に相当疎い。
はっきり言ってどこの会社がどうなのか分からない。
「えー? じゃあオレと一緒でいっか! パケ代安く済むし。じゃあ、この中から好きなの選んで」
千里の持っている携帯と同じA社の機種を忍に示した。
「ど、どう違うの?」
会社の違いも分からないのに、機種の違いはもっと分からない。
「もう君に機能の違いをアレコレ説明してもしょうがないのは分かるから、色と形で選んだらいいよ」
千里がため息を吐いた。
「色と形ねえ…」
そう言われても困惑する。
忍は指し示された端末の中から、ほとんど角の無い丸いフォルムの白いものを選んだ。
「それでいいの?」
千里が確認する。
「いいよ、どうせよく分からないし。小さめの方が持ち歩きやすいし」
「えーと、Eメールはちゃんと使えるね じゃ、いっか。機種も決まったし、オプション見にいこ!!」
忍の選んだ端末の箱を一つ手に取り、千里はショップの二階へと進んでいく。
「オプションって!?」
慌てて千里の後を追う。
「えー? ストラップとかー、窓拭きとかー、いろいろ要るじゃん」
どうやら千里は携帯に色々付けるタイプらしい。
本人そっちのけで携帯アクセサリを物色し始めた。
結局、レジに並ぶ頃に千里が手にしていたのは、ストラップが三種類と窓拭き、そして電波が強くなるとかいう怪しげなシールタイプのブースターの様な物の携帯本品含む合計五点だった。
ショップで箱やビニールなどの梱包類は全て処分してもらい、説明書と充電器のみを鞄に仕舞う。
千里の手に拠ってストラップさえも先に付けられてしまった。
(…て言うか、三本は付けすぎなんじゃ…。一本付けて、残りは失くした時の予備だと思ってた……)
しかし、買ってもらって意義も唱え辛く、つい千里の手の動きを見送ってしまった。
一通り飾り付けが終わると 気付いたら、何やらシールまで貼られている 今度は中身の設定まで弄り始めた。
「とりあえずまずメルアドだよね。そのままじゃ使いにくくてしょーがないし」
忍に話し掛けているようで、それはほとんど独り言だった。
「これで、よし…っと! あとはオレのけーばんとアドレスとー、あ、ついでだから北尾さんのも入れといてあげる! ハイ! 出来た!」
ショップを出てほんの一瞬で、中身も外見もカスタマイズ済みの状態だ。
「あ…りがと」
受け取りつつも、どうしてよいものやら。
「後ろポケットにでも入れときなよ。あ、でも落とさないように気をつけてね!」
手帳のマークが付いた釦を押してみる。
五十音の見出しが並び、カ行には北尾が、マ行には千里の名前があった。
「あ、そうそう! メニューって書いてるボタン押して、0を押してみて!」
千里が忍の携帯を覗き込んで言った。
「え、と…こう?」
言われるままに指を動かす。
「そうそう! 今画面に出てるのが自分の電話番号とメルアドだからね」
まるで四十過ぎて会社にパソコンが導入されてしまったサラリーマンの様に、忍は必死にいろんな機能を確かめる。
「忍ってさぁ…お勉強できるのに、変なところですごいどんくさいよね」
千里が呆れた様に言った。
「 」
忍の耳には、もう千里の声が届かない。
「おーい…」
歩きながら、とにかく与えられたツールの細かい操作を確認する。
おそらく人とぶつかりそうになっているのだろう、千里が時々忍の腕を何度か引っ張った。
忍の悪い癖だ。
集中すると他所が見えない。
それでも、通りの端に着く頃には一通り覚えたので、忍はその端末をGパンの後ろポケットに仕舞い込んだ。
「それで、これからどこ行くんだ?」
何事も無かった様に千里の方を振り返る。
彼は呆れ顔で溜息を吐き、今後の予定を答えた。
「そうだね、とりあえずオレまだ昼ご飯食べてないから、どこか軽く食事できるところ行きたいな」
携帯ショップでそれなりに時間を使ったらしく、時計は既に午後二時を回っていた。
「ああ、それじゃどこ行く?」
滅多に外食などしない ましてや繁華街など数える程しか来た事の無い忍には検討すらつかない。
「どこもランチは終わってる時間だしね…。どこにしよっかな」
逆に千里は心当たりが有り過ぎて迷っている様だ。