scene.3

「お前も、大概えげつない奴っちゃのう。
 自分の子供を売り飛ばすんやけえな。しかも、あんな端た金で」
 幸也を『客室』へ連れて行った男が、やすりで爪を研ぎながら言った。
「これで借金チャラになるんやったら、儲けモンですやん」
 幸也の父親は悪びれずそう応えた。
「お前の作りよる借金なんかしょうもない額やろが。
 ワシも女衒や。今更綺麗事は言わんけどな、あいつ…解体屋はほんまもんやぞ。
 ほんまもんの鬼畜や。よりによってあんな客に売らんでもええやんけ」
 解体屋と徒名されるその男は、この界隈で子供ばかりを買い求める事で知られていた。
 そして、買われた子供は皆花街から消えてしまう。
 殺されたのか。
 更に他所へ売られたのか。
 跡形も無く消えてしまうのだ。
「そんなんゆうても、一番高い値付けてくれたんが、あん人でしたんや。
 せや、端た金や思うんでしたら、もうちょいイロ付けてくれはったら  
「アホ! 値ぇ吊り上げるんはナシやゆうたやろが!」
 一喝され、父親は首を竦めた。
「ほんで、お前この事自分のカミさんにゆうてるんか?」
「へ? 要らんでしょ。
 ガキなんか、ほっといてもぽこぽこ出来ますやん」
 その言葉に、男は心底呆れた様に嘆息した。
「ほんま…ワシも長い事この世界に居るけど、お前程のクズはそうは見ぃへんわ」

 その瞬間  

 甲高い悲鳴が、微かに響いた。
「始まったんか…」
 げんなりした顔で、男が天井を見上げる。
「ワシもこの商売長いけぇ、えげつない奴っちゅうのは大概見て来とるつもりやが、解体屋は種類がちゃうわ」
 間断無く洩れ聴こえる悲鳴が、階上で行われている惨劇を如実に語っている。
「ふーん…」
 しかし、当の父親の方はさほどの興味無さげに天井を見遣り、小さく鼻を鳴らしただけであった。
 その彼が、何ぞ気付いた様子で、女衒の男を振り返った。
 そして、思い出した様に言葉を付け足した。
「そう言や、後の始末はお任せでええんですよね?」
「…お前なぁ」
 言いかけて、男はそれが徒労である事を悟ったらしく、口を閉じた。
「後始末は解体屋がするやろ。
 そこまで含めて奴の趣味や」
「そら助かります。手間省けてええわ」
 そう言って笑ったその顔は、どこまでも罪が無い。
「もうええ、とっとと去ね。
 お前の顔見とると、ワシの方が胸くそ悪なる」
 野良犬を追い払う様な仕草で、顔の前で手を振った。
「あ、帰ってええんですか?
 ほな、お言葉に甘えて。
 また次の機会あったらよろしゅう!」
 全く罪悪感の無い顔で、幸也の父親は立ち上がった。
 何も知らずにその顔だけを見れば、無邪気にすら見えた。
 顔ばかりが整ったその面を、男はもう一度睨みつける。
 しかし、男のそんな視線等何処吹く風。
 上機嫌で、幸也の父親は事務所から出て行った。

 そして、その姿は、
 間断なく響く悲鳴に背を向け、
 陽気な鼻歌と共に寂れた路地の薄暗がりへと吸い込まれて消えた。

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