scene.3

 忍を置いてマンションを出た昌弘は、ある人物との待ち合わせ場所に来ていた。
 待ち合わせ場所は、ごく普通のコーヒースタンド。
 ビジネス街の中にあるその場所は、新聞や週刊誌を広げて時間を潰すサラリーマンで込み合っていた。

「えらい久し振りやないか、昌弘」

 現れたのは、四十過ぎの男だ。
 名前は、不動一馬。
 昌弘の、戸籍上の父親である。
 住処を焼かれ、彷徨っていた処を拾われた。
 職業は、刑事。
 仕事柄なのか、元からか、彼の眉間には深い縦ジワが刻まれていた。

 戸籍も持たず、後ろ盾も無く、子供が一人で生き残る手段は数が限られていた。
 ありきたりなところで言うなら、窃盗、売春行為、使い走りのチンピラのそのまた使い走り。
 そんな事を繰り返しているうちに、この男に拾われたのだ。
 不動一馬は、花街の  その背後に存在するある威力組織を追う専従捜査官である。
 忍を除けば、昌弘はあの町の唯一の生き残りだ。
 彼は何とか昌弘から情報を引き出したかったのだろう。

「オッサンも元気そぉやん。もう、そこそこええトシやし、無理せん方がええんちゃう?」
 の追っているのは、高仁会と言うグループの幹部の一人であり、花街をシマの一つとして支配していた池垣という人物。
 かつて、昌弘の母親  妓楼の女将の愛人でもあった。
 その男が、町を焼いた。
 それは、昌弘が一馬と出会った頃、彼が昌弘に明かした情報だった。
「相変わらず口の悪いクソガキやな。お前に言われた無いわ。それにゆうとくけど、俺はまだ四十三やぞ。後進に譲らなアカンほどトシちゃうわ」
「高校生から見たら立派なオッサンや」
 目的は違えど、不動一馬が追っているものは、昌弘が追っているのと同じものだ。
 花街が焼かれた理由  そこに隠された深い闇。
 昌弘は、高仁会への潜入捜査を買って出た。
「それより、お前こそこれ以上無理せん方がええんとちゃうか?」
 不動は眉根を寄せて昌弘の顔を見た。
「今のところは、まだ平気みたいやで」
 しれっとした顔で昌弘は答えた。
「…ホンマは、お前にこんな真似させる予定や無かったんや。ちょっと話聞けたらそれでよかったんやで」
 一馬は、そう言いながらコーヒーを啜る。
「気にせんでええんちゃう? 別にオッサンの為にやっとる訳ちゃうし。でも、そのおかげ様でようけ情報入ったやんか」
「ふん」
 それを言われると一馬の方も返す言葉が無いらしく、小さく鼻を鳴らした。
「オッサン、これが今回分の報告書や」
 昌弘はテーブルの上にA4サイズの紙の束を放り出した。
 一馬がそれを拾い上げる。
 彼がそれを読み始めたのを確認して、昌弘の方は名ばかりのモーニングに手を伸ばした。
 高仁会の主な財源は、傘下の三次団体が店から吸い上げたみかじめ料や、株の運用、違法薬物や拳銃の密売など。
 ところが、昌弘は高仁会に出入りしているうちにとんでもない事実を知ってしまった。
 違法なもの、合法のもの含めて、それらはあくまで表向きの商売だったのだ。
 高仁会の本当の商売。
 裏社会の、そのまた裏側の商売  それは、臓器の密売だった。
 あの花街は、その為のマーケットだったのだ。
 当時、商売物にならなくなった女や貰い手の無い子供が、何人も連れて行かれた。
 生きた臓器の貯蔵庫としてだ。
 臓器密売に関する高仁会のルートは国内ではない。
 香港を通して、東南アジア、そこからさらに西欧諸国へ転売されてゆく。
 そうやって、足跡を隠している。

 忍  幸也の両親はそれに関わった為に、忽然と姿を消した。
 幸也自身も、それに無関係ではない。
 十一年前の夜、彼が妓楼へ飛び込んで来た日から、それは始まっているのだ。
 幸也の心を持って行ってしまった、事件。
 その全容はもはや本人しか知る由も無いが、その時起こった『何か』が原因で、今も彼は狙われているのだ。
 生前に女将である母親から聞いた話と、高仁会に関わるうちに見聞きした話を繋ぎ合わせてみたら、そんな絵図面が浮かび上がっていた。
 だから、昌弘の母も、幸也と一緒に暮らしていた朱美も、すんなり彼を手放したのだろう。
 高仁会の勢力の届かない所へ、送り出したのだろう。

 四年前。
 ついに高仁会はその尻尾を掴まれそうになり、それを隠す為に、池垣はマーケットの拠点になっていた花街を焼いた  
 そこまで追い込んだのが、この不動一馬だった。
 ある意味、彼こそが昌弘にとっては仇敵なのかもしれない。
 しかし、やはり諸悪の根源は池垣の方なのだ。 
 それならば、不動一馬と昌弘は、目的は違えど追うものは同じ。
 だから、昌弘は彼に協力する事に決めた。
 ただ、不動は昌弘が復讐を目論んでいる事など、知りもしないであろうが。

 潜入捜査は面白い程巧くいった。
 自分で焼き殺した女の息子を、池垣は素知らぬ顔で迎え入れた。

 最初は、鉄砲玉。
 次は、尖兵。
 今では、工作班。

(随分、信用されたもんやな)
 昌弘は薄く笑った。
 それとも、相手が真の悪党なだけなのか。

「おい、聞いとんか。このクソボーズ」
 不動が昌弘の顔の前で手を振った。
「ああ…ちょぉ考え事しとった」
 幼馴染の悪い癖が感染ったな、と昌弘は苦笑する。
 人が話をしている横で考え事に没頭する、彼の悪い癖。
  連中、相当医療業界に食い込んどるな」
 一馬の渋面が、更に渋くなっている。
 資料の束の中から彼が特に注視したのは、高仁会が出資している会社や団体のリストだった。
「さすがに苦労したで。医療機器メーカーはともかく、病院本体はIT化が遅れとるとこ多いからハッキングが利かへんし」
「大したモンやて言うてやりたいとこやけど、お前、大半違法捜査やな…」
「タテマエ言うたら、潜入捜査自体がもともと違法やん」
「怖いもん知らずもそこまでいったら、いっそ清々しいわ…」
 一馬は、眉間の皺を指で伸ばしながら溜息を吐いた。
「まぁええやん。あんまし細かい事気にしとると、ますますフケんで、オッサン。
  高仁会がここまで医療業界に食い込んで来たんはここ五〜六年。資料見てもろた通りやけど、この動きの中心は池垣一派や。ちっこい花街でちまちまやっとった小遣い稼ぎを、一躍巨大マーケットにノっけてきたってとこやな。
 このまま行ったら数年後には高仁会そのものが池垣のモンになるんちゃう? 当然、結構な数の政治屋も抱き込んどるし。ハッキリ言うて、オッサンみたいな一捜査官にどうこう出来るサイズやなくなっとるんちゃうのん?」
「最後の一言余計や、このクソガキ」
「一応、心配したってんねんやん。一応、戸籍上は親やし」
「いちいち一応てつけるとこが可愛げ無いなぁ。
 まあ一応聞いとこか。せっかく息子が心配してくれとる訳やし。
 心配せんでも、これでも自分の分相応は弁えとるし、その為の人脈くらいこっちも持っとる。
 お前こそ、あんまり無理するんちゃうで。危ない思たら逃げるのも芸のうちやからな」
 書類上の養父、が眉を渋面に微かな笑みをのせた。
「もう少しで核心までいきそうやねんけどな」
「それでもや」
 引くべき時は引け、と一馬は言った。
「まあ、まかしときぃや」

 自信満々で答えたその時は、これから襲いかかる『最悪の事態』など、想像すらしなかった。

 この時は、未だ  

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