scene.4

 無言のまま、どれほど考え込んでいたのだろうか。
 忍が考え事をしている間、昌弘も強いて話しかけては来なかった。
 しばらくして、彼はキッチンからグラスを手に持ちって戻ってきた。
「ホラ!」
 声と共に、頬に冷たいものが触る。
「なんのかんの言うてた割に、グラス空やん」
 昌弘が、先刻と同じものを作ってくれたらしい。
「疲れたんか? しんどいんやったら寝ろや」
 先刻までの態度と打って変わって、妙に優しい。
「ありがとう、大丈夫。せっかくだから、貰っとく」
 一杯空けてみた処、それ程酔わなかったので、安心して二杯目を受け取った。
(そういや子供の頃もそうだったっけ。すごく口は悪いんだけど、面倒見が良いって言うか…二歳も下とは思えない程しっかりしてて  
 ふと思考の隅に引っ掛かりを憶えた。

(あ…れ?)

  二歳も年下の割に。

(何で今同じクラスに入ってるんだ!?)
 記憶の中の昌弘は、忍  当時の幸也より二つ年下だった。
 それが何故か同じクラスに編入してきている。
「何で昌弘が高校二年生なんだよ!?」
 今度は忍が昌弘に対して詰め寄る番だった。
「何や何や!? いきなりどぉしたん!?」
 ほんの少し前まで完全にスルーしていた問題を唐突に振られて、昌弘は戸惑った顔を見せた。
「だっておかしいだろ!? 昌弘、俺より二つ下だったのに何で同じ学年に入って来るんだよ。お前、本当はまだ中学生じゃないか!」
 いくら城聖が私立とは言え、そんな簡単に年齢を詐称できるとは思えない。
 忍は幼馴染の顔をじっと見た。
「そんな睨みなや。企業秘密や、そんなん」
 昌弘は、鬱陶しげに忍の身体をソファの方へ押し戻した。
「企業秘密って…」
 『何の企業だ』と問い詰めてやりたかったが、どうせまともに答える訳も無いのだから、忍はそれ以上の追求を諦めた。
(言わないって言ったからには、絶対言わないもんな…こいつ)
 忍側の事情で、あまり昔は言葉を交わす事が無かったものの、他の人間と昌弘の遣り取りはずっと見ていたから、彼の性格はよく知っていた。
 『する』と言えば絶対する。
 『しない』と言えば何があってもしない。
 その彼が『秘密だ』と言うなら、誰がどう問い質した処で答える訳がないのだ。
「まぁ俺の事はもぉええやん。  それより話戻すけど、とにかく坂口に関わりなや」
「あ、そこへ戻るのか」
「くどぅて悪かったな! 何でもええから聞いとけや! とにかく、口に入れるモンは絶対受け取るんちゃうで!」
「あ、でも  食べるものならさっきもらったけど…」
 ふと、先刻手渡されたサプリメントの事を思い出す。
「何やて!? 早よ出せ!!」
 瞬時に昌弘の顔色が変わった。
 再び掴みかかってきそうな不動の勢いに、忍は思わず後退りしそうになったが、ソファに座っていた為それ以上後ろへは退がれなかった。
「まさか、もう食ってしもたんか!?」
 余程の事態なのか、いつになく余裕の無い様子の彼は、とうとう言葉では追いつかず、強引に忍の服のポケットに手を突っ込んで探し始めた。
「ちょ、やめろって! 出す! 今出すから!!」
 覆い被さってくる彼の身体を押し返し、忍はサプリメントをポケットから取り出した。
「これだろ!? 昌弘が言ってるの」
 小さなそれを挙に握って幼馴染みに突き出した。
「…まだ食うとらんかってんな  ギリセーフってとこやな」
 小さな包み紙を受け取り、彼はやっと肩の力を抜いた。
「…何なんだよ、それ。毒でも入ってるのか?」
 忍の問いかけに対して、昌弘は深く溜め息を吐いた。
「そやな…、坂口も形振り構へんし、ゆうといた方が…ええかもな」
 眉間に皺を寄せて昌弘が呟く。
「だから、何を?」
 余りにも勿体ぶるので、さすがに忍も少し苛だたしく思った。
「ただし  ええか? 今から俺がゆう事は、全部聞かんかった事にせえよ。言いふらすな、とかそういう軽い話ちゃうで。誰かに何か訊かれても、自分は何も知らん、ちゅう顔せえよ?」
 両肩を掴まれ、真剣な顔で言い聞かされ、忍は深く頷いた。
「…分かった。誰にも言わない」
「ほな教えたるわ。  お前が坂口から受け取ったんはいわゆるドラッグや。アップ系で、即効性の…しかも習慣性の高いヤツや。基本的にはゼリー状やったり、飴の形に固めたりしとって、食品混入型の経口タイプやから、パッと見それやて分からへん」
 真剣な様子が滑稽な程、昌弘の口から飛び出した話は荒唐無稽だった。
Γそこでタチ悪いんは、坂口は別に売人ちゅう訳やないとこや。売人やったら闇雲に配ったりせえへんし、客にならんヤツに強引に喰い下がったりせんのやけど  あいつは単なる客やから、それをやりよる。…自分がそれを使う為やなく、周囲に配って被害を拡げとる  多分、自分より上位の人間を蹴落とす為に、や」
 昌弘の口から聞かされたのは俄には信じ難い話だった。
(ドラッグ?)
(坂口が?)
(上位者を陥れる為に?)
 聞かされた話の非日常的さに、忍は戸惑った。
 費用も馬鹿にならないであろうし、何よりそんな短絡的な手口ではすぐにバレてしまうだろうし、忍には理解出来ない行動だ。
「信じられヘんて顔やな」
 昌弘から皮肉な笑いが漏れる。
 そう言えば、春に彼が編入してきて以来、笑うのを見たのは、これが初めてだ。
 いつも仏頂面をして、周囲を威嚇していたから。
「まぁ、あいつのが見た目にも真面目そぉやし?」
 より一層皮肉な笑みを張り付けて、旧友は付け足した。
「そんな事…思って、ない」
 別に、彼が信用するに足りない人間だとは思っていない。
「ただ、順位を上げる為にそこまでするなんて…」
 そんな極端な事をする人間がいるのだろうか。
「阿呆みたいな話や  俺らにしたらな。」
 受験の話しかしない坂口の言動が、忍の脳裏を過ぎった。
 常に順位だけが全ての、彼の世界  
「それに、坂口に気ィつけゆうたんはもひとつ理由があんねん」
「ドラッグ以外にも?」
「まぁ、その絡みやけどな。  あんなんしとるから、あいつ相当目つけられとんのや」
「それは…何て言ったらいいのかな。組織って言うの? そんな連中にって事か?」
「あんなんされたら、坂口からアシついてまうやろ? 下手すると消されるで、あいつ。そやから、下手にあいつと関わっとる思われるんは危ないんや」
「そう…なんだ…」
 ますます話が作り事の様になっていく。
「…まぁ、そら俺と関わっとっても一緒やけどな」
 忍が今の話を頭の中で整理し始めた時、昌弘がぽつりと付け足した。
「え? 何?」
 いろんな意味で混乱している頭は、その呟きを半分くらいしか拾えなかった。
「何でもない」
 片手をひらひらと振って、昌弘は、ここで話を切った。

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