金魚鉢

scene.1

 華々しい夜景を見下ろす高層マンションの十四階に、不動の部屋はあった。
 今流行りのデザイナーズマンションとやらであろうか、二十畳近いLDKとロフトだけのシンプルな部屋。
 ロフトの階段がむき出しのアルミで非常階段が部屋の中にある様だ。
 部屋の最奥は、壁の代わりに、窓硝子が一面に張られていた。
 忍は、まるで金魚鉢の中に入れられた金魚の様な気分になった。
(落ち着かない部屋だな…)
 あまりにも全ての部屋が開放され過ぎていて、気の休まる雰囲気ではなかった。
 一人暮らしだと、そうは感じないのだろうか。
 忍は、今度は部屋の内部をぐるりと見渡した。
 LDKの奥の方に、見た目には長い座椅子の様な折り畳みの利くソファベッドが置いてある以外、家具類は一切無かった。
 冷蔵庫やオーブンなどはすべて作り付けで、彼自身が持ち込んだものは無い様だ。
 その部屋はなまじお洒落に造られているだけに、余計に殺風景で、人が生活している気配というものを感じさせなかった。
「テキトーに座れよ」
 いつまで立っても突っ立ったままの忍に、不動は声を掛けた。
「何か飲むか?」
 冷蔵庫を漁りながら家主が問い掛けた。
「ああ、ありがと  
 振り返り、彼の手の中にある飲み物を見て、忍は完全に固まった。
(酒しかない…!)
 ビールが数種類。
 日本酒の小瓶。
 ワインクーラー。
 缶ウィスキー。
 ノンアルコールの飲み物は一切無かった。
「何すんだよ、ホラ、早く選べ」
 ずい、とそれらの容器を眼前に突き出される。
(選べって言われても)
 忍は、驚く程酒に弱いのだ。
 どう返答したものか。
 断ったりして、不動はキレたりしないだろうか。
「… 何か、アルコール以外のもの無いかな?」
 不安に思いつつ、控えめに希望を出してみた。
「ねぇよ」
 しかし、それはあっさり否定されてしまった。
「じゃ、水で…」
 忍に残された妥協案はこれしかない。
「あ? 水道水しかねぇよ! 引っ越してからほとんど使ってねぇから絶対ヤベーぞ、ここの水。何だよ、呑めねぇのか?」
 不動の声が少し苛立ちを帯びていた。
「去年飲んだ時、すぐ潰れたから嫌なんだよ」
 忍は、去年のクリスマスに自分が壊滅的に弱い事を自覚して以来、アルコールは悉く回避してきたのだ。
「何だ、酔っ払うだけか。大した事ねぇや、酒呑んだら酔うのが普通だっつの」
「あと、普通の酒類の味が苦手」
 苦かったり、妙に舌や喉に刺さったりするのが苦手だった。
 何か混ぜ物でもして誤魔化さないと、とても呑めない。
「合コンで一人テンポズレるヤツみてぇ。
 しゃぁねーな…。確か冷蔵庫にちょっとだけジンジャエールが残ってたから、それで割ってやっか」
 忍が考え込んでいる間にも、ぶつぶつ言いながら不動は再びキッチンに入っていった。
「いや、そういうものがあるなら、そっちの方が良いんだってば」
 ソフトドリンクがあるなら、どうしてそれをそのまま出さないのか。
「つか、そのまま飲めるほどの量無ぇんだよ。コップに入れたらせいぜい一口くらいだかんな」
 あくまでそのまま出してくれる気は無いらしく、その微量のジンジャーエールを何かで割っている。
「ホラ、これなら大丈夫だって」
 手渡されたのは、丁度、黄金糖の様な色の液体。
「これ、何?」
 恐る恐るグラスを口に近付ける。
「ビアカクテルだ。シャンディーガフっつんだ。ホントはピルスナー  つまり普通の黄色いビールをジンジャーエールで割るんだけど、実はデュンケルっつーハーフの奴で割る方が飲み易いんだな。これなら多分大丈夫だろ。苦くねぇし、アルコールなんか3%以下だからな」
 余程の酒好きなのか、不動は訊ねた以上の事までご丁寧に解説してくれた。
 語る顔が、ちょっと得意げなのが妙に可愛いと思った。口に出したら多分怒られそうなので、敢えて言わなかったが。
「まぁ、ツブれたとこで家ん中だから安心して飲め」
 グラスの中の液体をまじまじと見つめた。無数の気泡が上がっている。
「……そりゃ、そうだけど。  じゃあ…頂きます」
 ほんの少し嘗めてみる。
(あ、本当に苦くない)
 製作者本人が自信を持って勧めるだけあって、酒が苦手でも結構美味しく頂ける一品だった。
「な?」
 ますます得意げな様子はとても無邪気で、学校で会う不動よりも親しみを感じた。
「うん、これはなかなか  俺でも無理しないで呑める」
 忍は、ちょっと感動していた。甘い酒というのは、その甘さに比例してアルコールが強くなっていく印象があったのだ。
 それにしても、酒しか冷蔵庫に置かない様な男が、こんなジュースのようなものを好んで飲むとは思えない。
「不動って、何でまたこんなの詳しいんだ?」
 忍には、それがとても不思議だった。
「まぁ、女はこういうのの方が好きなもんだしよ」
 成る程。この様にして女の子を口説く訳か。
 その様に忍は得心した。そして、気付いた。
(というか、俺はその辺りと同じカテゴリに入るのか…)
 情けなさに思わず溜息が出た。
「それに、こないだまでバーテンやってたから、カクテルのレパートリーは広いんだよ」
 忍の溜息をどう取ったのか、不動がそんな一言を付け足した。
「バーテン!?」
(高校生だろ!?)
 忍は、相手の顔を思わず凝視してしまった。
「おー、今年の三月までな  さすがに城聖に編入すんのにヤベーと思って辞めたけど」
 しれっとした表情の彼に、忍は呆れて言葉が出なかった。
(…本当に、何者なんだ?)
 何故か、気が付くと近くにいる。
 謎の転校生。
 そして、謎の言葉。  

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