scene.6
北尾は、千里と二人、『アナベル=リー』にいた。
放課後になっても、忍は連絡が取れないままだった。
千里は自分の携帯を睨み付けて動かない。
忍から電話なりメールなりが返ってくるのを待っている。
「でもまぁ、また志月さんの病院にでも行ってるのかもだし、あまり騒がないほうがいいよね」
千里らしからぬ殊勝な言葉だ。
「そうだなぁ…。まぁ、もうちょっとして連絡取れなかったら川島さんの家に電話してみたら?」
北尾は、千里に的確なアドバイスを与えた。
「そうだね 第一、オレ今日直接本人に会ってないから様子が分からないんだよね。ただ、不動の様子がおかしかったっていうか…」
随分心配している様に見えた。
「ねえ北尾さん、不動って忍とどういう関係だと思う!?」
急に身を乗り出し、千里は真剣な顔で北尾に言った。
「どういう関係って クラスメイトだろ?」
千里の唐突な問いに北尾は戸惑いながら答えた。
「あっまいな~! 絶対違うって! 絶対アイツもともと忍のこと知ってるよ! 忍の様子からして、忍のほうは知らないか憶えてないかみたいだけど。 そうでなきゃアイツみたいな性格、他人に関わろうとしないもん!」
「そ、そうか??」
「そうだよ! しかも、かなり思い入れあるとみたね!」
「まさか、もしかして、その、好きだとか? 特別な意味で」
「んー。オレもねぇ、一瞬そーかなとか思ったんだけど 忍ならどこかで一目惚れされてストーキングされても驚かないなぁ、と思ってたりするし!」
「おい、こら」
北尾は軽く握った拳で、千里の額を柔らかく小突いた。
「でも、アイツのはそういうのとちょっと違う気がする」
その手を払い除け、千里は更に言葉を続ける。
「 って?」
「なんて言うのかな もっと身内っぽい感じ。家出息子でも見つけたみたいな…ごめん、うまく説明できないけど」
「いや、まぁいいけどさ。 それでさ、せっかくだから川島さんの家に行ってみたらどうだろう」
北尾が突然に随分積極的な提案をした。
「!! それいい! 北尾さんエライ! ダテに年食ってないね!!」
「トシって、たかが一年だろ!」
「細かいこと気にしない。そうと決まったら川島さんちに連絡しよう!」
さらっと北尾の抗議は流して、千里は電話を掛けるべく店外へ出た。
川島家へは数回電話を掛けた事があった。
いずれも奥方らしき人物が電話を取り、忍に取り次いでもらった。
千里の受けた印象では、病院で顔を合わせた事のある川島宏幸にせよ、電話で言葉を交わした奥方にせよ、非常にフレンドリーでオープンな雰囲気の人物だった。
突然訪ねられて驚くかもしれないが、それを迷惑に思う様なタイプではないと、千里は読んだ。
「こんばんわ、水野です。忍君は帰宅してますか?」
『あ、水野くん? やだー、水野くんと一緒に居るわけじゃないのね?』
受話器の向こうで、奥方の困惑している声が聞こえた。
「てことは、家にも戻ってないんですね!?」
川島家に戻っていない事、そして不動のもたらした情報について夫人が何も知らない事で、事態は急転した。
それでは、一体誰が忍を学校から連れ出したのか。
『え? どういうこと?』
受話器の向こうで川島夫人は怪訝な声を発した。
「すみません、今から伺ってもいいですか?」
『いいわよ』
「それじゃ詳しい話はそちらに着いてから」
早々に通話を切り、まだ店内で呑気にコーヒーなぞすすっている北尾を呼んだ。
「北尾さん、忍ってば川島さんちにもまだ帰ってない! そんでもって、忍が早退したことすら知らないみたい!!」
どんな事情にせよ、忍が川島夫妻に何も告げないまま出歩いているのはおかしい。
彼は、過ぎるほど夫妻に対して気を遣っていたからだ。
「ええ!?」
「とにかく、早く行こ!!」
ばたばたと身支度を済ませて、二人は慌ただしく『アナベル=リー』を後にした。