scene.4

 問われた弓香は、やはり一瞬その答えを口にする事に躊躇いを見せた。
「背尾篠舞  それが彼女の名前よ」
「…『しのぶ』? 本当に?」
「本当よ。篠舞のことと忍くんがどう繋がるのかは知らないけど、宏幸くんが忍くんに聞いた話では、篠舞が死んだ二年ぐらい後に志月くんの家に来たみたい」
 死んだという恋人と、同じ名前の子供  

  どこからか連れてきた。

  『買ってきた』かも知れない、子供。

 志月は地面が揺れた様な感覚に襲われた。
 ある仮定が脳裏に浮かぶ。
 自分自身が知らない、未来の自分の取った行動  
「その…彼女の写真って、あるのか?」
 まさかと思う気持ちと、否定したい気持ちと、とにかく知るべき事を知ると言う気持ちと  
 おそらく、答えの一部がその少女の中に在る事を確信する。
「……あるわよ。
 持ってくるわ、待ってて」
 弓香もまた何かを覚悟した様な表情で席を立った。
 程なく、一枚のスナップ写真を手に戻ってきた。
「この子が篠舞よ」
 それは四人が並んで写っている写真だった。
 セルフタイマーを掛けに行ってたらしい宏幸は微妙な見返りポーズで左端に写っている。
 弓香が指差したのは右から二番目に写っている少女だ。
 少女の左隣に弓香が、そして右隣に志月自身の姿が写っていた。
 弓香が篠舞と呼んだ少女の肩に腕を回している。
「雰囲気は全然違うけど…目鼻立ちが、似てるな。  忍と」
 何気なく呟いた言葉に、弓香が眉根を寄せた。
 当然ながら、順序で言えばそれは逆なのだ。
 しかし、今の志月がそれに気付く筈も無かった。
「だけど…これじゃ、最低だ」
 志月は深い溜息を吐いて項垂れた。

  死んだ恋人の替わり。

(それじゃ、あの反応も当たり前か…)

「ちょっと!! 今何考えてんの? 何でそこまで凹むわけ!? なんか変な想像してるでしょ!!」
 突然弓香が立ち上がり、テーブルにでも上りそうな勢いで志月に詰め寄った。
「あ、いや  その…」
 確かに、かなり良くない想像はしていた。
「こら、しっかりしなさい!! あんたそんな顔したまま忍くんの前に出たらぶつよっ!」
 詰め寄られ、答えられないでいる志月に、弓香が更に捲し立てる。
「仕方ないだろ!! 誰がどう見たって、死んだ恋人の身代わりにしてた様にしか考えられないじゃないか!!」
 あまりの剣幕に、志月もつられて声が大きくなった。
 その瞬間、左の頬に鋭い痛みが走る。
 気が付くと、弓香が本当にテーブルの上に上っていて、彼女は目の淵を赤くしていた。
「それ以上私の友達を侮辱したら、今度は思い切り蹴飛ばしてやるんだから!!」
 どうやら、平手で撃たれたらしい。
「ちょっと待て、落ち着けって! 何で  
「まだ言うかーっ!」
「言わない! 言わないから落ち着け!!」
「ならよろしい! そうよ、いくら篠舞が死んだからって、志月くんは誰かを身代わりにしたりしないんだから…!!」
「俺…!?」
 彼女が言う侮辱された友達とやらは、どうやら他ならぬ志月自身の事だったらしい。
「そうよ! 第一、そんな腑抜けに惚れ込むほど私の親友は馬鹿じゃないし、私の認めた旦那様はそんな人間を親友と呼ぶ程観察眼が欠落してないんだからね! あなた今、私の大事な友達を根こそぎ侮辱しようとしたんだから!!」
 志月が答えられないでいると、更に弓香は畳み掛けてきた。
「ほら考えてた! いくら本人でもそんなこと考えてたら承知しないんだから!! あなたはね、意外と単純でバカ正直なんだから、そんなマネは逆立ちしても出来ないの! 次そんなこと考えてたら噛み付くわよ!?」
「はい…」
 気圧されるままに首を縦に振った志月を見て、弓香はようやくテーブルから下りた。
「何だか年甲斐もなく取り乱しちゃったわね。お茶、冷めちゃったでしょ。淹れ直すわ」
 再びキッチンで紅茶を淹れ直しながら、先程までの空気を振り払うように平静な口調で話し始めた。

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