scene.4

 昼休み、忍のクラスに向かうべく教室を出ようとした千里の許に、珍客が訪れた。
「よぉ」
 いつもと違わぬ無愛想さで、不動が千里の前に立っていた。
「ちび…じゃねぇ、何だっけ」
 バツが悪そうに客人は千里から目を逸らす。
「いい加減名前くらい憶えてよね~。もう一ヶ月以上お昼ご飯ご一緒してるんですけど! オレは水野! で、なんで不動がオレの教室にくんのさ。忍は? 一緒じゃないの?」
 身長を指された事と、もうかれこれ一ヶ月以上昼食を共にしているにも関わらず未だ名前を憶えていない事と二重の無礼にカチンときたものの、彼が直接こちらへ来るのは多分急用なのだろうと、とりあえずは先に話を聞くことにした。
「やっぱりオマエんとこにも連絡ねぇのか。ち…水野、アイツの連絡先知らねぇか?」
 不動はいらだたしげに舌打ちをした。
「え、何? 忍、学校休んでんの?」
 どうも、忍は今学校にいないらしい。
「休んでねぇけど、一限が始まる前に呼び出されてそれっきり帰ってこねぇ」
「え?」
「別に、何でもねぇんならいいけどよ」
 極力顔に出さないようにしているらしいが、不動は相当苛立っている。
 或いは、焦っている様子だった。
「ねぇ、前から思ってたんだけど…不動ってさ、元々忍のこと知ってるよね」
 どう考えても不動と言う人物の性格は余程の事が無ければ自ら人に関わろうとするタイプに見えない。
 その割りに、いつもやたら忍の事を気にしている。
 だから、千里は二人が元々知り合いなのではと思ったのだ。
「関係ねぇよ、んなこと」
 不動は、忍と違ってあまり表情を崩さないので、実際の処がどうなのかは読み取らせてもらえなかった。
 しかし、今の言い様ならおそらくは千里の読みが的を射ていたのだろう。
「ふぅん…まぁいいけどさ。でも、それならオレだって連絡先なんて知っててもホイホイ教えらんないよね。だって、それは忍の個人情報でしょ? どんな事情かも分かんないのにオレが勝手に教えらんないよ」
 それは別に意地悪な気持ちから出た言葉では無く、千里の考え方だ。
 二人が実際に過去に関わっている間柄だったとしても、不動が何も話さない以上、それが一体どんな関係なのか、千里には分からない。
 それでは、うかうかとこちらも情報は提供出来ないのだ。
「そう…だよな  悪かった。それじゃ」
 不動は千里の答えに対して、意外な程あっさり引いた。
「ちょっと待ってよ! 確かに、教えられないとは言ったけど、知らないとは言ってないでしょ!」
 早々にその場を立ち去ろうとする不動を、千里は慌てて止めた。
「あぁ!?」
 振り向いた不動は、今度は苛立たしげな表情で千里を睨んだ。
「もう、どうしてそう短気かなぁ! 忍の携帯なら知ってるから、電話掛けたげるよ。教室じゃケータイ持ってるの先生に見つかるとウルサイから、とりあえず外出よう」
 千里は不動の背中を教室から押し出した。
 途中三年の教室を回って北尾と合流し、三人は学生食堂ではなく、近所の定食屋に向かった。
 メニューは「本日の定食」のみという庶民派代表格のような小さな店内には、城聖学園の生徒の姿は三人の他に無く、同じ区域内の公立高校の生徒が多くの席を占めていた。
「へーえ、メシ時に外出していいのか」
 注文を済ませ、一息ついた瞬間不動が言った。
「うちの学校、割とそういうところ、自由なんだよ」
 北尾が不動の独り言に答えた。
「学校で認可の下りてるお店にしか、行っちゃいけないんだけどね」
 千里は北尾の言葉に補足説明を付けた。
「そんなこたこの際どうでもいいや。で、連絡取れるのかよ?」
 不動が千里をせっついた。
「とりあえず掛けてみるね」
 今年の春休み、千里が忍の誕生日プレゼントに買った携帯だ。
 その後も彼はマメに通話カードを買い足していた様で、通信が途切れないように心掛けていた。
 千里は、実はそれを結構意外に思っている。
(すぐ途切れちゃうかと思ってたんだけど、意外ともってるよね)
 登録された番号を呼び出し、通話釦を押す。
 暫く、相手の端末の電波を探す音が受話器から聞こえた後、それは留守番電話サービスに繋がった。
  あ、ダメだ。電源切ってるみたい」
 数度掛け直したが、いずれも圏外を示すガイダンスが流れるのみだった。
 不動は苛立たしげに舌打をし、浮かせていた腰をどかっと下ろした。
「ねぇ、何でそんなに焦ってんの?」
 不動の様子が普通ではなかったので、千里もまた彼に釣られてつい慌ててしまったが、普通に考えれば、家族の所用などで急に早退する事など誰にでもある事だ。
「あ? いや…別に」
 千里の問いかけに対して、やはり不動は答えなかった。
(絶対コイツと忍の間には何かある気がするなぁ) 
 釈然としない気持ちで千里は定食を掻き込んだ。
 不動は、それきり無言のままだった。
 そして、いつ噛んでるのか分からないような速度で食事を済ませ、自分の分だけ支払いを済ませて、早々に出て行ってしまった。
 千里と北尾の皿には、まだ料理が半分以上残っている。
「何だったの…アレ」
 千里は不動の立ち去った出入り口を、呆然と見た。
「さあ…」
 北尾もまた唖然としてる。
「でも、一体何の呼び出しだったんだろうね」
 千里も忍の身辺が今とてもややこしい事は知っている。
 だから、忍が呼び出されたというその内容が気懸りではあった。

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