scene.2
夕方の繁華街。
千里は、級友数人と連れ立ってカラオケに来ていた。
音楽科はグループ演奏の機会が多いので、基本的にはクラス替えは無い。
だから、級友達は一年生からの付き合いのある者ばかりだ。
「さっすが、腐っても音楽科! 誰も音外さねぇ!」
そう言って笑い出したのは城野光聖だ。
級友達の中で、千里は彼と一番ウマが合った。
と言っても、北尾や忍との付き合い方とは少し違っている。
彼とは常に適度な距離感があるのだ。
深入りはしない。
かと言って浅い付き合いでもない。
猫の友情なら、こんな感じかもしれない。
千里はそう思っていた。
「次、水野いけよ」
マイクが千里の方に飛んできた。
受け損なって膝の上に落とす。
「ちゃんと取れよ」
光聖の隣で、佐々がげらげら笑った。
大変良ろしくない事だが、少々酒気を帯びている。
「うっさいな~! いいから黙って聴きなっ!!」
選曲は自分でしない。
それが、今日のカラオケのルールだ。
順番に皆が適当な曲を入れる。
自分の順番が来たら、それが知ってる曲でも知らない曲でも、とにかく歌う。
歌えなかったら罰ゲーム。
出鱈目でも良いから、聴く者半数以上が「外れている」と判断しなければOK。
一度忍に参加させた折、あらゆる意味で嫌がられたカラオケである。
しかし、光聖の言い草ではないが、腐っても音楽科。
皆中々音を外さない。
この時千里に回ってきたのは、誰が入れたんだか甲高いキーの女性ボーカルらしき音域の洋楽ナンバーだった。
「きもい! きもいぞ、そんだけ甲高い裏声の野郎!」
誰かが馬鹿笑いしながら飛ばす野次が、千里の耳に飛び込んだ。
「うっさーい! そう思うなら入れんなー!」
間奏の合間にマイク越しに怒鳴って反撃。
実は千里は声変わりしているにも関わらず、結構声が高い。
御陰様で、未だに小学生に間違えられる事がある。
「わー、やめろー! マイク越しにヤラれると超音波だー!!」
千里も含め、皆耳を押さえて爆笑している。
級友達といる時、千里は大体こんな感じだ。
ひたすらはしゃいで、馬鹿騒ぎ。
これはこれで非常に楽しい時間だ。
二時間ばかりそんな馬鹿騒ぎをした。
ボックスを出た後、とりあえず茶でも飲もう、という事になった。
連れ立って駅近くのファミレスに向かって歩いていると、見憶えのある顔が駅の方から向かってくるのが見えた。
「あっれー? 不動じゃん!」
声を掛けてみた。
不動は私服姿だった。
朱色に金魚柄のアロハシャツ。
漢字ロゴ入りの藍染Tシャツ。
どう大目に見てもチンピラと言った風情だ。
「何だ、チビかよ」
不動は普通に立ち止まって、千里に応えた。
「チビって言うな!」
べちん、と思い切り不動の頭をはたいてやった。
目一杯背伸びをして。
「ってーな。で、何やってんだよチビすけ」
最初こそ、不動の口の悪さに千里も心底腹を立てたものだが、一月も一緒に食事をしていれば、いい加減慣れもするし、諦めも付く。
彼とは、何となくずっとこんな感じだ。
「クラスの連中とカラオケだよ。理由は知らないけど学校も午前中で終わったし。不動こそ、こんなとこに一人で何してんの?」
「俺か? 家がこの辺だからな」
「へぇぇ! いいとこ住んでんじゃん。遊び放題!」
「あのなぁ……。それより、あいつ 東条は一緒じゃねぇのか。やけにサクサク帰ってったぜ?」
「忍? ああ、あいつカラオケ苦手だし 誘ったら、用事があるって言ってたけど?」
「用事? どんな?」
普通、「ああそう」で済む処を突っ込まれたので、千里は少し面食らった。
「え…あー」
忍が、例の保護者氏の見舞いに行った事は、千里も知っている。
しかし、それを人に説明するのは難しいと思った。
「何だよ、気持ち悪りぃ。ハッキリしねぇなんてチビらしくねぇ」
「…お見舞いに行ったんだよ」
「誰の?」
「うー。だから…その」
「はっきりしろ、チビ」
不動は、忍の事になると意外な程喰い下がってくる。
それでも、まさかここまで追及されるとは、千里には考えも及ばなかった。
「…恋人のだよ」
嘘ではない。
ただ、当の忍自身は微妙な様子だが。
「何だ、アイツ彼女いたの」
横から嘴を挟んだのは光聖だった。
「え、いや…、なんで城野がそんなの気にすんの?」
「ホラ、この間一緒にいった店あるじゃん。あそこのバイトの女の子に紹介してって頼まれたんだ。何だミナちゃんがっかりするなぁ」
光聖は顔が広く、遊びに行く店は大半彼の仲間の店だった。
成る程、言われてみればそんな事もあった。
「そりゃ一人や二人居るって! ありゃ周りがほっとかんでしょ」
更に佐々が横槍を入れた。
実際の処を知っている千里としては、苦笑せざるを得ないが、いくら友人とは言え余計な事は言わないと決めている。
「あっ…と、言うわけなんだけど、納得した?」
千里は、すっかり会話から置き去りにしてしまった不動を振り返った。
「あ? ああ。それじゃ、俺帰るわ」
不動は不動で、途中から話を聞いてなかった様だ。
そして、慌ただしく背中を向け、駆けだした。
「え? うん、じゃぁまた学校で!」
立ち去る背中に、一声を投げる。
不動は振り返りもせず、左手を挙げて応えた。
「アレ、うちのガッコのヤツ?」
光聖が今更な問いを口にした。
「うん。忍のクラスメイト」
「じゃ、アレも特進!?」
佐々も驚きの声を上げた。
「そゆこと」
「光聖の服装も相当だけど、ありゃまたすごいねーっ」
佐々が光聖の服装をチラ見して、大げさに溜息を吐いた。
「こら、佐々! 俺様の素晴らしいコーディネイトに何てケチつけやがる」
服装を突かれた光聖が、佐々にスリーパーホールドを掛ける。
「えー、でも確かに城野の服装も、派手だよねぇ」
赤いマニキュアを入れた長髪。
黒のレザーパンツ。
黒のノースリーブシャツ。しかもスカル柄。
服にも、身体にも、所狭しと巻きつけられたシルバーアクセサリー。
どう見ても、これから出勤するホストかライブハウスのバイトの様な出立ちだ。
「失礼な」
光聖が憮然として腕を組んでいる。
「ごめんごめん! 早くお茶のみに行こうよ」
千里は光聖の背中をポンと押した。
光聖は、実は自分で服をデザインしたり、縫ったりするのだ。
佐々達は知らない様だが。
彼は、学校で勉強しているトロンボーンもそれなりに真剣だが、一方で服飾デザインにも興味を持っているらしい。
そこをあまりしつこく揶揄うのは、やはりあまり良くない事だ。
それ程真剣に怒ったり、傷付いたり、光聖はそういう人間ではない。
それでも、人が真面目に向かい合っている事柄を茶化すのは良くない事だ。
千里はそれきり話題を変えた。
一行は、じゃれ合いながら駅前のファミレスに吸い込まれていった。