透明なざる未来

scene.1

 新学期が始まって、およそ二ヶ月半  六月の終わりの事だ。
 忍のクラスで、ちょっとした事件が起こった。
 それは先日の実力考査の結果の事だ。
 これは、定期試験とは別に、普通科クラスで毎月末行われているもので、別名クラス替え試験と呼ばれている。
 試験結果が発表される朝、恒例の席替えが執り行われ、忍は一年生から通して初めて一番右端の席に座った。
 突然、首席になってしまったのだ。
 中等部から合わせても、初めての事だった。
 左隣は不動で、その次が坂口だ。
 つまり、首席…次席…三席が揃って順位落ちしたのである。
(何でだろう)
 忍の得点はいつもとそう変わらない。
 この処のゴタゴタ続きでむしろ少し悪いくらいだ。
 その上、ぐるりと教室を見渡してみても、忍自身と不動以外に一列目にいた生徒は誰一人として、このクラスに残っていなかった。
 ほとんどの上位者がクラス落ちしているのだ。
 それは、何とも気味の悪い光景だった。
 忍は、自分がその席に座っている事を素直に喜ぶ気にはなれなかった。
(おかしい  不自然だ。一人や二人ならともかく、こんな何人も一遍に…)
 特進クラスの三分の一が入れ替わってしまっている。
 多少の順位の変動は当然あるけれども、これだけの人数が一時に入れ替わってしまうなど、在り得ない。
 何か良くない事が起こっている  そんな気がしてならなかった。
「きっしょい状態だな」
 不動がぽつりと呟いた。
「は? き…??」
「きしょい…あー、キモチワルイなっつったんだよ」
 どうやら、彼が以前住んでいた地方の方言だった様だ。
「ああ…そうだね」
 キモチワルイと言いながら、彼は何処か超然としていた。
 まるで、事の成り行きを理解している様に見えた。
「編入してきて最初の試験で次席か。  こりゃ後大変だ」
 不動は椅子をガタンと鳴らして、思い切り背凭れに身体を預けた。
 教室の中は騒然としていて、落ち着かない。
 新たにこのクラスに移ってきた者も、あからさまに異様な状態に素直に喜べないらしく、居心地悪そうに目を泳がせていた。
「あれ…? 本礼鳴って大分するのに、先生が来ないな」
 ふと教室の時計を見遣ると、一限目はとっくに始まっていた。
「職員会議してるみてぇだな」
 忍の肩越しに窓の外  隣の棟の二階にある職員室を覗き込んで、不動が呟いた。
「え?」
 忍も釣られて職員室に目を遣る。
 確かに不動の言う様に、職員室にはほとんど全教員が集まって何やら話し合いをしている様だ。
「何の会議をしてるんだろう…?」
 忍が呟くと、不動が横で溜息を吐いた。
「…まぁ、とりあえずこの状況について話し合ってんのは確かだろうな」
「そう…だよね…」
 忍は、足許から染みてくる冷たい恐怖に身が竦む。

  何かが動き始めている。

  得体の知れないものが蠢いている。

 その大きな流れの中に、自分は確かにいる。
 忍はそれを感じた。
 止まらない歯車に否応無く巻き込まれていく様な  嫌な感覚だ。

 職員室は相変わらず混乱に包まれているらしく、未だそこから誰一人出て来ない。
 反対側に振り返ると、不動はこの騒ぎにすっかり興味を失ったかの様に、携帯を取り出してメールを打っている。
 更にもう一席左  坂口はと言えば、落ち着き無く目をきょろきょろさせて、貧乏揺すりをしていた。
 結局、この日の授業が始まったのは三時限目になってからだった。

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