scene.2

 新学期二日目  昨日と同じ席に忍は座った。
 左隣を見る。
 不動はまだ来ていなかった。
 坂口は、一列目の一番右端に座る生徒と何やら和やかに話をしている。
(地味な感じだけど、結構交流範囲広いんだな)
 ぼんやりとそんな事を考える。
 坂口がこちらを振り返り、ひょこひょこと近付いてきた。
 彼の雰囲気はまるで、クマのぬいぐるみが動いている様に見える。
(微笑ましい、なんて言ったら失礼だろうか  
「おはよう、東条君」
 よく見ると、彼は何かお菓子らしき袋を手に持っていた。
 もうすぐ始業時間だ。
 教師に見つかったら叱られるだろうに。
「朝から何食べてるんだ?」
 忍が呆れた様に言うと、彼は人懐っこく笑って答えた。
「これ、一見お菓子だけど実はサプリメントなんだ。効いてるのかどうか分からないけど、食べると眠気がとれてスッキリ頭が働くんだって!」
 坂口が得意げに袋から一つ包みを取り出して説明した。
「ふうん?」
 そんなものがあるのかと、忍は感心した。
「あんまり安くないんだけど、僕、つい買っちゃうんだよね、こういうもの。良かったら東条君も食べてみない?」
 飴のような包み紙のそれを忍が受け取ろうとした瞬間、急に後ろから忍は肩を引っ張られた。
「おはよーさん。朝っぱらから何食ってんだ? そんなだから太んだよ。  東条、ちょっと付き合え」
 不動だった。
 坂口に対してさらっときつい一言をぶつけて、彼は忍の腕を引っ張った。
 昨日よりは余裕のある登校で、予鈴までまだ十分ばかりあるが、一体何処へ付き合わせるつもりなのか。
 呆れるくらい不動は強引だった。
 結局、サプリメントとやらを坂口から受け取り損なったまま、忍は引き摺られる様に教室から連れ出された。
(まさかこいつこの調子で、これからいつも引っ張りまわす気なのか…?)
 ずるずると引っ張られながら階段を下りる。
「それで、今度は何の用だよ」
 もうどうでも良い、と言う様に忍は不動に質した。
「ああ!? あー…昨日訊き忘れたけど、トイレどこだよ?」
「ああ、トイレね。言わなくても気付くと思ったんだけど  ここだよ」
 三階から二階に階段を下り切った場所に、堂々とそれはあった。
 教室に行くにも、教室から出るにも、必ず通る場所だというのに、彼はどうやって見落としていたのだろう。
「何だ、こんなとこかよ。全然気付かねぇ」
 ぶつぶつ言いながら、不動は中へ入っていった。
 先に教室に戻ろうかとも考えたが、後から文句を言われる様な気がして、結局彼がトイレから出てくるのを忍は待ってしまった。
「お? 待ってたのか。 戻ろうぜ、予鈴鳴っちまうし」
 わざわざ待っていてやればやったでこの態度である。
 忍は、やれやれと肩を竦めて不動の後ろを付いて教室へ戻った。
 自分の席に戻った頃にちょうど予鈴が鳴り、席を離れていた生徒も次々と着席した。
 いつも通りの朝、雲はあるものの、窓の外は中々の晴天だ。

 何事も無く午前中の授業が終わり、昼休みを告げる鐘が鳴る。
 席を立ち上がった瞬間、不動がごく自然に忍の腕を掴んで止めた。
「昼飯だろ? 机片付けっから、ちょっと待ってろよ」
 至極当然、といった顔でそう言われた。
「えっ!?」
 いつ一緒に昼食を摂る約束をしたのだろう。
 忍は首を捻る。
 しかし、当の本人は既にロッカールームに入っていて、問い質す間も無い。
「しーのーぶー、ご飯食べにいこー」
 どうしたものかな、と考えていると、背後から暢気な声が聞こえた。
「千里」
 わざわざ一階の自分の教室から三階まで迎えに来たらしい。
「どーしたの? お昼行こうよ!」
 大きなアクションで手招きをする。
「アレ、お前のツレ?」
 ロッカールームから出てきた不動が、戸口に冷めた視線を投げる。
「そうだけど…」
「じゃぁしょーがねぇな。おい、そこのちっちゃいの! まだ準備済んででねーんだから黙って待ってろ!」 
 不動は初対面の千里にまで無遠慮な一言を放った。
「不動!」
 さすがに忍もこれはマズイと思い、慌てて不動を諌めた。
「何だよ、そこのクチの悪いの!!」
 時既に遅し  千里は教室内に乗り込み、掴みかからんばかりに不動を睨み上げた。
 外見に似合わず、千里は気が強い。
 そして、自分が思った事を隠さない。
「チビにチビっつって何が悪ぃよ?」
 不動は全く悪びれず返す。
「あーっ! また言ったぁっ!! 初対面の人間に対してちょっと失礼じゃないの!?」「アタマん中まで小学生か? 学級会みてぇな事言ってんじゃねぇよ」
「言っていいことと悪いことの区別がつかないのこそガキなんじゃないの!?」
 瞬く間に不動と千里は口喧嘩を始めてしまった。
 この様子じゃこれが拳に移るまでにそう時間はかからないだろう。
 こんな時に限って、宥め役の北尾もいない。
「あーもう! そんなので喧嘩しない! それこそ小学生じゃあるまいし!」
 忍は、仕方なく二人の間に入り、諍いを制止した。
「どうせみんな学食に行くんだから、一緒に行けば良いだろ!」
 そう言うと、二人は渋々角を収めた。
 学食に着くと北尾が先に来ていて、三人分座席を確保していた。
 どうやら彼は席取り係に従事していた様だ。
「…あれ? なんか、一人多くないか?」
 北尾が首を捻る。
「そーなんだよ! なんか感じ悪いのが一人くっついてきちゃってさぁ!」
 千里が悪態をついた。
「文句あんなら俺たちはヨソ行くから気にすんなよ」
 不動は小ばかにした様にそれを受け流す。
「俺たち!? 『たち』!? 今、忍を一緒に括った!?」
 千里の目が三角になる。
「なんか悪いかよ、昼休みに校内案内してもらう約束してんだよ、こっちは」
 不動の科白を聞いて、昨日そんな約束をしていた事を思い出す。
「あっ…!」
 忍の口から思わず声が洩れた。
「なんだよてめー、自分で言っといて忘れてんのか?」
 瞬間、不動は拗ねた様な顔になった。
 僅か一瞬の事だ。
 憮然とした物言いとは随分対照的で、印象に残った。
「ごめん  
 さすがに申し訳無く、忍は素直に頭を下げた。
 不動はそれで得心したらしく、それ以上は喰い下がらなかった。
「まっ、いいや! とりあえず座ろーぜ!」
 最も蚊帳の外にいるはずの男が、真っ先に腰を下ろす。
「ああっ! 何でオマエが座ってんだよ!!」
 またも、千里が喚き立てる。
 心底気に食わない、といった様子だ。
「千里、いいよ。もう一つ椅子持ってくりゃいいんだから」
 北尾が千里を宥め、椅子を探しに行った。
 それからしばらく、三人は北尾の戻りを待っていた。
 何とも居心地の悪い沈黙が圧し掛かる。
 数分後、北尾がどうにか椅子を見つけて戻った時、忍は心底ホッとした。
 四人で摂ったその日の昼食は本当に最悪だった。
 千里はむすっとして黙りこくっているし、不動はそれをまるで意に介さない。  と言うよりも、忍以外の二人には興味が無い様だ。
 それでもどうにか場を和ませようと北尾が懸命に千里にも不動にも声を掛けていた。
 不動も話し掛けられればそれなりに返事くらいはしていた。
 忍はと言えば、その様子をただ見ている事しか出来ず、全く胃に穴の空きそうな食事風景だった。
(何だってこんな事になるんだ…)
 忍は、誰にも気付かれない程度に小さく溜息を吐いた。

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