scene.3

 十五分後、ささやかなティータイムを終えた三人は、駅前のショッピングモールへと足を向けた。
 弓香はまるで自分の物を選ぶ様にはしゃぎながら、忍の衣服や小物を選んでいる。
 当人など既に目に入っていない様だ。
「ごめんなぁ、弓香、人の話聞かないから…」
 唖然としたまま弓香の買い物している姿を眺めていた忍に、宏幸が申し訳無さそうに声を掛けた。
「いえ…」
「まぁ、俺もこの通り時間が自由に取れない仕事してるし子供もいないしで、かなり退屈はしてると思うんだよ。別にカルチャースクールでも何でも自由にしていい、とは言ったんだけど、無駄遣いしたくないとか言われるし  一時はパートに出るとかも言い出したんだけどそれはそれで、お互い仕事持ってしまうと俺が不規則な仕事なだけに果てしなくすれ違いそうで止めちゃったしなぁ…。そんな訳で、ちょっとアレかもしんないけどよろしく相手してやって」
 宏幸は忍に手を合わせて拝んだ。
「え…っ、あの、え……と  こちらこそ」
 ただでさえ居候の身分なのに、その上拝まれては居心地が悪い。
 けれども、今の言葉や先刻の遣り取りから二人がお互いを思い合っている事が伝わってくる。
 微笑ましく、暖かい空気が流れている。
 けれど、忍にはそれが少し痛い。
 それは心の深い処で、願って  望んで  求めて  得られなかったもの。
「ねーぇ! 忍くんこっちおいでよ! これなんかどう!?」
 数メートル先の売り場から弓香が手を振っている。
「あっ、はい!」
 弓香に目を遣り、宏幸の方をもう一度見返すと、もう一度手を合わせられた。
「ああ、はい」
 少しこそばゆい気持ちで、忍は弓香の方へ向き直る。
 そして一歩踏み出した時、突然身体が後ろへ弾き返された。
 勢いで尻餅を付いてしまった。
「スミマセン、ヨソ見してたんで…」
 愛想無い声と共に、忍の目の前にぶつかった相手の手が差し出された。
 見上げると、相手は同い年くらいの少年だった。
「こちらこそ…」
 差し出された手を掴んだものかどうか逡巡していると、焦れたのか相手の方が忍の腕を掴んで引き上げた。
「す…すみません」
 少し驚いて彼の顔を見る。
 ぶっきらぼうな印象のするその顔は、無表情に忍の顔を一瞥すると『それじゃ』と短く言って去っていった。
「大丈夫だった!?」
 弓香が慌てた様子で駆け寄ってきた。
 いつの間にか宏幸も後ろに立っている。
「何か怖そうなヤツだったなぁ。因縁ふっかけられなくて良かった」
 宏幸は「怖そう」と言った。
 確かに派手に色を抜いた髪や、鋭い目付きに、厳つい皮のジャケット  「ガラが悪いな」という印象はあったけれども、忍はそれ程怖いとは思わなかった。
(それより…)

  見憶えがあるような気がして…

 そんなはずは無いのに。
 極端に狭い忍の行動範囲の中に、先刻の少年の様な人物はいない。
 ただ「派手な」という条件で捜したとしても、せいぜい千里の級友、城野光聖くらいのものだ。
「忍くん? どこか痛くした?」
 弓香が心配そうに忍の顔を見上げている。
「えっ、あ…大丈夫です。弓香さん、買い物しましょう」
 精一杯笑ってみた。
 一見、天真爛漫な宏幸の妻が、ほんの一瞬だけれど安堵の息を吐いたのを忍は見落とさなかった。 
 さりげなく接する事で、彼女なりの気遣いをしてくれていたのだ。
「俺、こういうのが好きです」
 弓香の腕に掛かっている数点の候補の中から、一着のTシャツを選び取る。
「あっ、そうなんだ! えと…じゃあねぇ、あっちにももっとあるのよ! 行きましょ!!」
 忍の腕を弓香が引っ張る。
 その後ろを宏幸がゆったりした歩調で付いてくる。
 それは何処にでもある平凡な光景だった。
 二人の歳と忍の歳があまり離れていないので、親子に見えるかどうかは疑問だが  それでも、連なって歩く姿は何処にでもいる家族連れの姿だった。

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