12月24日 ― 解答 ―

scene.1

 忍が去った公園に一人、千里は佇んでいた。
 静かに目を閉じ、不思議な七日間の事を反芻していた。
 そして、現実が剥離した不可思議な世界を、自分の中でゆっくり昇華させる。
 それは、これから長く歩いていく道筋に、確かに必要なものだった。
 やっと見つけた道標を、見失わない為に。


 千里の思考を断ち切る様に、公園の入り口の方から自転車に急ブレーキを掛ける音が耳に飛び込んできた。
 その音の主は入り口に自転車を停め、千里の方へ駆け寄ってきた。
「千里!」
 耳慣れた声だ。
「北尾さん!?」
 普段電車通学をしていて定期を持っているはずの北尾が自転車でここまで来たという事は、とうに終電が無くなっているのだろう。
「こ…の、放蕩息子!!」
 彼の第一声が、頭の上から降ってきた。
 親でもあるまいし、『放蕩息子』はないのではないかと思いつつ、千里はとりあえず謝った。
「心配かけてごめんね」
 何となく『迎え』と言われた時点で誰が来るのかおよそ想像はついたのだが、一体忍はどう説明して、北尾にここまで迎えに来させたのだろう。
「つい…さっき、人がもう寝ようかって…着替えて…っ、布団…入った途端、電話が  
 相当自転車を飛ばしてきたのか、北尾は酷く息切れしていた。
「あいつ…東条が、今すぐ…迎えに来いって、一言……そのまま、こっちの話聞かずに…切りやがって…!」
 成程、何も言わずに切ったのか。
 何とも彼らしい行動に、千里は思わず笑いそうになった。
「北尾さん、北尾さん、息切れ収まってからでいいから」
 顔を見なかったのは一週間程の短い期間だったのに、このお人好しぶりがやたら懐かしく感じた。
 靴下も履かないまま、十二月の真夜中に裸足にサンダル履きで、下は辛うじてGパンを履いているものの、ジャケットに隠れた上衣はきっと、パジャマ代わりのスウェットのままなのだろう。
 しばらく無言のまま、北尾は深呼吸を繰り返して息を整えていた。
「本当にお前がいるんだかいないんだか分からなかったから、とりあえずお前ん家には連絡してないんだ。…まあ、東条ってそういう下らない嘘は言わなそうだったけど」
 人心地ついた彼は、まずそう言った。
 いつもこの人は、言葉を受け取る側の気持ちを先回りして行動してしまう。
 それはとても良い所で、同時に彼の短所でもある。
 その事は一先ず横に置き、当座の気掛かりを片付けていく事にした。
「あー……ねぇ、オレって家とか学校ではどういう扱いになってんの?」
 そう、当面の一番の気掛かりはこれだ。
 あまり大ごとになっていないと良いのだが。
「学校では病欠扱いになってる。家では…おばさんが家出なんかじゃないって言ってて、ちょっとした騒ぎになってるぞ  ただ、警察なんかはいなくなってるのが高校生じゃまともに話聞いてくれなから…世間的にはお前、家出人扱いだよ。
 まあ実際のところ、いなくなってからまだ一週間程だしな」
 呆れた様に北尾が溜息を吐いた。
「あ…そう」
 千里は安堵の息を洩らした。
 母親への弁明は大変そうだが、とりあえず誤魔化しきれないほどの騒ぎにはなっていない様だ。
「それで、この一週間どこに寝泊りしてたんだよ?」
 質してくる北尾の口調が、いつになく怒っている。
 これは当然訊かれるだろうな、と予想はしていた。
  友達んとこ」
 目の前にいるのも友達のはずだが、これではまるで親に返す様な答えだ。
 しかし正直な処、千里は躊躇っていた。
 何処にいたかという話はともかく、この一連の出来事について何処まで北尾に話して良いものか。
 千里にとって、北尾はとても信頼できる友人であり、頼りになる先輩であり、隠し事を持つ必要の無い相手だと思っていても  否応無く言葉にならない気持ちを抱える事は在ったとしても  忍にとって、同じである訳が無い。
 だから、何処まで話して良いのか躊躇っていた。
「もしかして、東条ん家?」
 北尾の方でも予想はしていたらしく、するっと彼の名前が出てきた。
「…うん、まあ」
「やっぱりなぁ。明らかに何か知ってそうだったし…、
 今日もいきなりあいつから迎えに来いって電話かかってきたし、そうだよなぁ」
 北尾が大きく溜息を吐いた。
「でも、どこに隠れてたんだよ。俺、あの家一回行ってるんだぜ?」
 その話は忍から聞かされていなかったので、千里は驚いた。
(いったいいつの間にそんな交流が??)
 不思議に思いつつも、千里は北尾の問いに答えた。
「客間借りてたんだよ。あの家、広いでしょ?」
 まさか、地下室に閉じ込められてたとは言えない。
「あ、そうか」
 とりあえず、納得してもらえたらしい。
「それにしても、いつからそんな家を行き来するような間柄に? 接点無いだろ、あいつとは」
 本当に不思議そうな口調で、北尾が言った。
 千里の所属する音楽科の生徒は、ほとんど普通科の生徒とは接触が無い。
 そして、忍の所属する特進もまた、ほとんど他所の科の生徒と接触しない科だ。
 一体その二人が、どこでそんなに親しくなったのか。
 北尾が不思議に思うのも無理は無かった。
「あそこんち、学校から近いじゃない。玄関先で雨宿りしてたら中に入れてくれたんだよ」
 それがいつの事だったかというのは、敢えて言わない。
「へぇ…」
 納得いったのか、いってないのか、中途半端な相槌を打つ。
 とりあえず、事の真相は秘密にしておく事にした。
 いくら千里にとって北尾が信頼に足る相手でも、忍にとって同じである訳ではない。
「お前の家出って、俺のせいか?」
 北尾の顔が曇っていた。
 そう言えば、最後に会ったとき、気まずい別れ方をしていたのだ。
「そんなんじゃ…んー…いや、そうかも」
 千里は、最初否定しようとしたが、やめた。


前頁ヘ戻ル before /  next 次頁へ進ム

+++ 目 次 +++

PAGE TOP▲