scene.6
その夜、志月が自宅の扉を開いたのは、とうに日付が変わってからの事だった。
何処をどうして帰って来られたのか分からない。
意識は朦朧としていた。
とにかく、早く寝みたかった。
混乱する頭を抱え、重い足を引き摺りながら、どうにか自室に辿り着く。
ドアを開くと、寝台の上に誰か横たわっている。
(………?)
穏やかな寝息が聞こえる。
熟睡している様だ。
………。
(…誰…だ……?)
眠っている、その顔を覗き込む。
何ヲ 言ッテル…?
(篠舞…?)
違ウダロウ…?
ソレハ、忍ジャナイカ。
志月は、首までしっかり包まっているブランケットを剥がしてみた。
確かに、篠舞の顔をした誰かが眠っている。
傷一つ無い姿で、眠っている。
(…何だ。何ともないじゃないか)
ソレハ忍ダ。
「う…ん」
ブランケットを剥がされて寒かったのか、閉じられていた目が薄く開いた。
「おかえりなさい」
寝ぼけた顔をして目を擦り、ゆっくり身体を起こす。
(ああ、そうか…悪い夢を見ていたのか)
「 し づ き ? 」
不思議そうに見上げてくる瞳。
小さく首を傾げる。
その仕草は、平和そのものだった。
(何も起こってはいなかった)
安堵して、その頬に口接けた。
瞬間、その身体が少し固くなるのを感じた。
それを抑える様に、細い首に腕を捲き付ける。
間違エルナ。
頼りない腕が微かに躊躇を見せながら、応える様に志月の背中に回された。
ソレハ彼女ジャナイ。
傷痕を探す志月の手が、ゆっくり衣服を剥ぎ取った。
白い肌が露になる。
切り裂かれた痕は何処にも無い。
(あれは悪い夢だった)
志月は、四肢の一つ一つを丁寧に確認していった。
首筋 肩 肢の付け根、指の先。
指も腕も、足りないものは何も無い。
触れる度、むず痒そうに、忍が何度も身体を捩った。
それを抑え込むと、忍の肌に朱が走り、呼吸が乱れた。
怯んだ瞳が、志月を刺す。
志月の身体に絡み付いた腕は、小さく震えていた。
彼女ジャナイ。
心の何処からか響く、制止の声。
ヤメロ…!!
しかし、志月は止める事が出来なかった。
可哀想な程跳ね上がった鼓動から、確かな存在を感じた。
怯えながら、それでもぎこちなく応えようとする、華奢な身体を強引に押し開く。
苦しげな息が、志月の耳を掠めた。
絡み合う呼吸の合間に、ふと甘い花の匂いがする。
先刻袖を濡らした、甘ったるいカクテルのものだ。
それは、あの異国の花の匂いとよく似ていた。
完全に麻痺してしまった思考の奥で、あの異国の夜とこの夜が、時間軸を捻じ曲げて繋がる。
ここにいるのは、篠舞なんだ。
もうどんな声も志月には届かなかった。
この瞬間 志月の記憶が、不自然に切り取られ、抜け落ちた。