scene.3

 明くる朝、メンバーの半分程は、早速『好きな様に』していたらしい。
 朝食の為にレストランを利用していたのは志月を含め三人程だった。
 今更国内で観光を楽しむ様な連中でもないので、夕方までは自由行動となった。
 志月は、一人でホテル近くの繁華街をぶらりと巡った。
 普段あまり訪れる機会の無い、その賑やかしさがやけに遠くに感じた。
 やたら蒸し暑い、西の都市の夏。
 静かそうなカフェを選び、休憩を入れる。
 ミントの葉を添えられたアイスティーを一口含み、目を閉じた。
 ひどい眩暈を感じる。
 外の喧騒が嘘の様に静かな店内。
 古めかしい内装。
 穏やかな選曲のBGM。
 決して賑わっている風でもない。
 妙に優しい空間でしばらくの休息を取り、志月は少し早めにホテルへ戻った。
 それから集合時間までの間、志月はしばらく部屋の中で横になった。
 夕方、集合時間になってもまだ夏の陽は落ちていなかった。
 褪せた色の夕空。
 志月にも、木ノ内が言う『今回の合宿最大の目玉』が何か、大体の予想はついていた。
「よっしゃ、とりあえずみんな戻ってきたな。ほな、行くで」
 特に説明もせず、ホテルの前で既に待機しているタクシーに乗り込む。
 ほんの十五分ほどで、目的地に着いた。
 寂れた港町。
 潮の匂いが微かに漂っている。
 そこは、見るからに場末の歓楽街だった。
「みんなちょっと驚いたか? 昔からの馴染みや。ここやったら少々無茶なことしても、絶対アシつけへんからな」
 木ノ内はさっさと歓楽街の奥の方へ進んでいった。
 慌てて他の連中がそれを追う。
 仕方なく志月もその後を追った。
(下らない)
 本当に下らないと思った。
 こんな事の為だけに、遠く離れた街へ足を伸ばし、しかも隠れるようにこそこそと。
(でも、本当に下らないのは  その気もないのにのこのこ付いて来ている俺自身か…)
 志月は小さく溜息を吐き、集団の一番後ろを引き摺る様に歩いた。
 歓楽街の入り口には、普通の居酒屋風の店や、こじんまりとしたスナックの様な店もあった。
 しかし奥へ進むにつれ、徐々にその雰囲気は変化していった。
 普通の飲み屋の数が減り、時代掛かった古い妓楼が建ち並んでいる。
 朱塗りの格子窓に、やたら装飾の派手な提灯が目立っている。
 格子の中には襦袢を着た女たち。
 大雑把に結い上げられた髪と、大振りの簪。
 咽返る様な安い香料の匂い。
 あまりにも時代錯誤な佇まいに、自分が何処にいるのか見失ってしまいそうな感覚に襲われた。
 誰彼時の不思議な色合いが、余計に現実感を奪う。
 通りの中程に建つ、一際大きな置屋の前で、木ノ内は立ち止まった。
「女将、久しぶり。また遊ばせてもらうで」
 慣れた風に、玄関先に立つ年配の女性に声を掛ける。
「よく来てくれはりました。ささ、どうぞ。お連れの方もどうぞ」
 眼前に立つ、四十路に差し掛かった女性は  この場末の歓楽街に在りながら、成る程、女将らしい貫禄を備えていた。
 未だ衰えない色香の持ち主が、志月を手招いた。
 その瞬間、今、自分が一体どういう場所に居るのかを実感した。
 出発の段階から理解していた事が、逼迫した現実として突きつけられたのだ。
「あの  先輩方、やっぱり俺は戻ります。  こういうのは苦手なので」
 先刻までどうでも良い、とひどく投げやりな気持ちだったのが、我に返った途端逃げ出したい衝動に襲われた。
 どんな理由をこじつけてでも、早くこの場から立ち去りたくなった。
「何言うてんねん、うちの合宿で一番の目玉商品やぞ」
 木ノ内が軽く一笑に伏した。
「まさか全くの初めて、でもないんだろ? この男前が! 何事も経験だって、な!」
 木ノ内と仲の良い、元々志月をこのサークルに誘ってきた上級生もまた、志月の背中を強く押した。
「女将、今日は新入りのための催しなんや。ちゃんとしたってなー」
 強引に玄関先にまで押し込まれ、更に抵抗を試みようとした時、ふと、大きな提灯の下に子供が座っている事に気付いた。
 この界隈には不似合いな、白いワンピース。
 裸足のままの足は擦り傷だらけ。
 あまり長くない髪を、左右に耳の横で結わえていた。
  あ」
 そこにいたのは、篠舞とよく似た顔の子供だった。
 その子供は、何故だか随分と虚ろな  途方に暮れた様な表情で座っていた。
 子供が志月の発した声に反応し、少し首を傾げたその刹那、ほんの一瞬目が合った。
 思わず声を掛けそうになった時、更に木ノ内が強く背中を押した。
「早よ入りぃや! 後がつっかえてんで!」
 揶揄うような口調で、彼は志月の背中を強く押した。
  !」
 虚を突かれて、志月の身体は店内に押し込まれてしまった。

  今のは誰だ?

 彼女とよく似ている。

  篠舞ではない。

 同じ顔の子供。


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