scene.6

 茶店を離れ二人は、平安神宮の境内を何となく歩いていた。
「ごめんね、くっついて来ちゃって。写真撮りたかったのに、邪魔でしょう?」
 篠舞が、申し訳無さそうな表情で志月を見た。
「いや、別に邪魔ではないけど  それよりあの橋倉って子、一人でほっぽってきていいのか?」
 志月にはそちらの方が気になった。
 気詰まりしてやしないだろうか。
「あー…。うん  
 篠舞が口篭る。
 先刻の歯切れの悪さといい、どうも何か様子がおかしい。
「ごめん、志月!」
 どうしたのか問い掛けるより先に、篠舞が深々と頭を下げた。
「何だ、どうしたんだ?」
「実は、弓香  川島君が好きなの。ほら、年末彼女にフラれたじゃない? あの子、その元彼女と同じクラスなの。で、教室に遊びに来てた川島君の事が好きになっちゃって、何とか話す機会作って欲しいって頼まれたのね。
 でも、私こういうのあんまり上手くなくて…、すごい不自然だったでしょう?」
 篠舞の顔が、耳まで真っ赤になっている。
「確かに、かなり不自然だった」
 そういう事か。
 志月はもう一度溜息を吐いた。
「でしょう!? あーもう慣れない事はするもんじゃないわよね、緊張した!」
 しかし、これで合点がいった。
 成る程、それで初対面の二人を置いて、志月についてきたのだ。
(気があったのは、あっちの方ね。  まあオチとしては上出来だよ、全く)
「そうだよな、お前文化祭の日、はっきり断ったよな」
 全く、事前に言ってくれればちゃんとセッティングしてやったのに。
  余計な期待もしなかったのに。
 空回った分、志月は倍の疲労を感じた。
「え? 何?」
「何でもない、気にしないでくれ」
 文化祭の話を、うっかり口から洩らしてしまった事を、志月は少し後悔した。
 何もわざわざ確定的にフレレる為の話題など、出さなければ良かった。
「何よ、気になるじゃない! 文化祭がどうしたの?」
 篠舞は訊き出せるまで引く気は無いらしい。
「ああ…いや。だから」
 答えたら、確実にフラレる。
 志月の頭に、そんな言葉が浮かんでいた。
「はっきりなさい、男でしょ!?」
 篠舞が志月の顔を、上目遣いに睨んできた。
(ああ、もう! ヤケだ!!)
 志月は、篠舞の両肩に手を置いて、短いキスをした。
「こういう事だよ!」
 大きく目を見開いたまま、篠舞が固まってしまった。
「文化祭二日目、誘っただろ? 断られたけど。だから、今更何で誘われたのか、不思議だったんだ。
 理由は、まぁ、さっきの説明で飲み込めたけど」
 とりあえず、事情を説明しないと引っ叩かれかねない。
 いや、事情を説明しても引っ叩かれるかもしれない。
「あ、あれは、一応理由があって  金井さん、志月の事が好きだから」
 篠舞が気まずそうに志月から目を逸らした。
「何でここで金井が出てくるんだ」
 金井というのは、かつて篠舞に嫌がらせをしていたグループのリーダー格の女子生徒だ。
 何故今更ソノ名前が出てくるのか、志月には不可解だった。
「偶然、あの日志月に告白するらしいってのを知っちゃって、私が一緒にいたら言う機会がなくなるだろうなって思ったから」
 そう言った篠舞が、耳まで赤くなっていた。
 確かにその日、金井には声を掛けられたが、その時点で断ってしまったのだ。
 だから、そんな話があった事など、志月はまるで知らなかった。
「ちょっと待てよ。  他の奴に譲られてる時点で駄目だろ、俺」
 やはりフラレたか、と志月は溜息を吐いた。
「違うよ、それは。あの時は、別に譲ったとかじゃなくて、なんて言ったら良いのかな…。
   フェアじゃない。…そう、フェアじゃないと思ったの!」
 篠舞が探し出してきた言葉は、志月には不可解な言葉だった。
「え? なんで? 何処でそう思うんだよ」
 篠舞が志月と文化祭を見て回ったとして、金井に対して何がフェアではなくなるのだろうか。
「それは…、金井さんと私が、あなたを挟んで向かい合っているから。
 同じ線の上に立っている事を知ってて、わざと相手を妨害するのは卑怯でしょ?」
 そう語る彼女は、俯いたままだった。
 お腹の前で組んだ指に、真っ白になるほど力が込もっていた。
「それって、つまり…」
 篠舞の方にも、金井と同じ気持ちがあるという事なのか。
 それにしても、当の志月をほったらかしに、フェア…アンフェアに拘る処が彼女らしい。
 しかし、それでもしも志月が金井の告白に応えてしまっていたら、彼女はどうしたのだろう。
 この際、そんな仮定はどうでもいい。
 現実に起こらなかった事を論じている場合ではない。
 
「俺は、背  篠舞が好きだ。ちょっと、順番が逆になったけど…」
 気合を溜めて、やっとそれだけ言った。
 ところが、いつまで経っても彼女の返事が無い。
  返事は?」
 成るだけ冷静を装って質してみたものの、篠舞の肩に置いたままの手が微妙に震えていて、何とも格好がつかなかった。
 更に長い沈黙の後、耳まで真っ赤にしたままの顔で彼女は小さく頷いた。


 突然、目の前の篠舞の姿が揺らめいた。
 今まで目の前にあった景色が全て水泡となって消える。
 仄暗い水の底を、無数の水泡が立ち上ってゆく。

 そこ立ち尽くしている自分は、もう高校生などではなく  

 志月の身体は、何か強い力に水底から引き揚げられてゆく。

  ああ)

 夢が、終わる。


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