12月23日 ― 北尾 ― Ⅰ

scene.1

 二十三日、放課後。
 北尾は約束の場所に向かった。
 中廊下の一年生側だ。
「…冗談かと思ってました」
 既にその場所で忍が北尾を待っていた。
「…東条こそ、来ないんじゃないかって、思ってた」
 お互い狐に抓まれた様な表情をしていた。
 二人は顔を見合わせ、思わず吹き出した。
 そして、その顔を見て北尾は少し驚いた。
 思えば、この無愛想な後輩が笑った顔を見るのは初めてだ。
  それで、他の方々は、どうしたんですか?」
 心なしか、昨日までより表情も柔らかい様に思える。
 しかし、その分余計に線の細い印象を与えていた。
「本当は現地集合なんだ。ただ、ちょっとややこしい場所に店があるから、お前は俺と一緒に行った方がいいかと思って。他の連中で地理のアヤシイのは、町田が連れてくことになってるし」
 先日、忍とは何となく勢いで待ち合わせ場所を決めたのだが、その後、集まる連中の中には他校生もいる事から、全体の待ち合わせとしては『現地集合』の形を採った方が合理的、という事になったのだ。
「そうなんですか」
 さほど興味も無さ気な相槌が返ってきた。
「とは言っても、俺もどこかで着替えなきゃいけないし、東条とも改めて待ち合わせ場所決めないとならないんだけど  どこがいいかな?」
 待ち合わせを決めた時、北尾はうっかり自分自身の着替えの事を忘れていた。
 よく考えなくても分かる事だが、まさか制服で居酒屋に入る訳にはいかない。
 北尾の質問に対して、忍が難しい顔で、数秒沈黙した。
「先輩、良かったら  うちで着替えますか?」
 ようやく口を開いた彼から発せられたのは、北尾には思いも寄らない申し出だった。
 彼は、自分の領域に他人を踏み込ませたがらない性質だと思っていたから、意外だった。
「あ、本当に? それなら、助かるけど…」
 今度こそ、狐に抓まれた心境だ、と北尾は思った。
「ええ、どうぞ」
 やけにきっぱりとした返事が返ってくる。
 それが却って、違和感を生んだ。
(どういう風の吹き回しだ?)
 少々怪訝に思わなくもなかったが、ここは有難く後輩の申し出を容れる事にした。
 話が纏まった処で、二人は忍の家に向かい、学校を出た。
 一昨日、具合を悪くした彼を送り届けたのと同じ道を、今日もまた連れ立って歩いている。
 本来なら何の縁もゆかりも無い相手。
 北尾は不思議な心持ちになった。
 約十分の道すがら、何となく無駄話をしながら歩いた。
 何となく、千里の話は切り出せなかった。
 喋っていたのは専ら北尾の方だったが、意外に彼は話しかけられるのを嫌がらなかった。
 そして、それなりに良いタイミングで相槌を打ってもくれた。
(しかし、本当にどういう心境の変化だ?)
 突然軟化した相手の態度に、北尾はやや戸惑っていた。
「どうぞ、上がってください」
 忍が青銅製の門扉を開き、北尾に中へ入るよう促した。
 先日は門扉の前で引き返した建物だ。
(しかし、すごい建物だよな…、この家)
 屋内へ通され、廊下に敷かれた深い紅の絨毯を踏みながら、北尾は感嘆の息を洩らした。
 外壁は煉瓦造り、内壁は漆喰。
 廊下にはところどころ、骨董品の様な燭台が置かれている。
  電飾かと思ったら、本当に蝋燭を立てるための台だったのだ  
(まるで映画のセットだよ)
「こちらへどうぞ」
 階段へ進むように促された。
 そこにも、やはり絨毯が敷かれている。  いや、張られていると言った方が正確なのか。
 階段を二階まで上ると、忍は手前から三番目のドアをノックし、開けた。
「ただいま」
 忍が、部屋の中へ声を掛ける。
 北尾は、慌てて忍の後ろから顔を覗かせて、挨拶した。
「お邪魔します!」
 部屋の主は、先日S駅で顔を合わせた青年だった。
 年齢は、二十代前半くらいだろうか。
 どうやら、この部屋は書斎らしい。
 正面には大きなデスク、両端の壁は一面書棚が埋め込まれていた。
 彼はデスクに向かって何やら書き物をしていた。
「ああ…どうぞ」
 何故か、彼はとても驚いた顔で北尾の方を見た。
 どうしてそれ程驚いているのか、北尾には解らなかった。
(兄貴…かな? しかしまあ、東条も並外れて整った顔してるけど、この人も結構な男前だよな…)
 北尾は一瞬、ここの家系はどういう遺伝子してるんだ、などと下らない事を考えてしまった。
 しかし、この人物と忍は似ているかと問われれば、あまり似ていなかった。
 もしかしたら、兄弟ではなく親戚なのかもしれない。
(学校が近いから、下宿させてもらっているとか?)
「一昨日、志月が一緒の時に言ってたでしょう? クリスマス忘年会。それ今日なんだ。着替えたらそのまま出るから」
 忍の口調は、身内に対してもやはり淡々としていた。
「ああ」
 答えた彼の声もまた、何か怒っているのかと思う程素っ気無かった。
「行きましょう。俺の部屋三階ですから、もう一回階段上ってくださいね」
 そう言いながら、忍が書斎のドアを閉めた。
 当の忍は家主の素っ気無さをあまり気にしていない様子だ。
 だから、彼はきっといつもこんな話し方をする人物なのだろう、と北尾は思った。
(なるほどね。こういう環境で育つと、東条みたいな性格が出来る訳だ)
 日常的にこういう会話しかしていないとすれば、先日の彼の態度も悪気ではなく、彼なりに普通に返事していたのだろうと、納得出来た。


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