scene.6

 夜の八時も回った頃、北尾と町田は、まだタウン情報誌を片手に繁華街を巡っていた。
「なあ、やっぱ一軒目の店がよくねえ?」
 町田が言った。
「そうだなあ、座敷もあるし」
 総勢十五名程の集団になる。  座敷であれば、その方がまとまりやすい。
「じゃあ、決まりだな」
 二人は、結構な時間を掛けて、二十件近い店を巡っていた。
 こちらが気に入っても既に予約が取れなかったり、席は空いているもののイマイチ趣旨にそぐわなかったり、何のかんの言っているうちに随分時間が経ってしまった。
 『お遊びだからこそ、真剣にやる』一聞するに意味不明の主義主張だが、それが幹事たる北尾と町田のポリシーであった。
 しかし、これだけ件数を当たっても、一件目以上の好条件な店が見つからない以上、ここらが汐だろうと二人は判断せざるを得ない。
 いい加減空腹も頂点に来ている。
 意見が折り合った処で、二人は一軒目の店に予約を入れ、近場のファーストフードで夕食を摂る事にした。
「で、さあ。さっきの一年、どーいう知り合い?」
 バーガーを頬張ったまま、町田が言った。
「食べながら喋るんよ。行儀の悪い。つか、自分が誘っといて、そりゃないだろうよ」
 呆れ顔で北尾は町田に言った。 「だって、オマエのツレだと思ったし。ただ、中等部から一連托生の俺が全然知らないってのも、珍しいじゃん? で、どーいう知り合い?」
 口の中の食物を嚥下して、改めて町田が言葉を繋いだ。
「いや、その…」
 北尾にとって、東条忍との間柄は説明しがたいものだった。
 そもそも、親しい訳でもない。
 彼の事を説明するには、まず千里の事情から話さなければならない。
 かと言って、いくら付き合いの長い友人とはいえ、そこまで突っ込んだ話を容易く出来るはずも無い。
「あー、浮気だな!? 水野が休んでるからって、悪党だ悪党!」
 北尾が返答に詰まっていると、茶化す様に町田が囃した。
 人の気も知らず、全く暢気な友人だ。
「だから、その男子校ジョークやめてくれって。そういうの、苦手なんだから」
 千里といると、どうしてもこういうネタにされる事が多い。
 それは彼に友人が多い事や、未だ性が分化する以前の幼い外見を残している事などが起因している。
 千里と対照的に、大柄で、ほぼ完成された体格の北尾が並ぶと、周囲の人間曰く『理想的な後姿』なのだそうだ。
(自分で言うのもなんだけど、理想的を通り越して『大木にセミ』だと思うんだがなー…)
 大概は冗談で、言っている方も分かって揶揄っているだけなのだが、たまに冗談と本当の区別のつかない人間もいて、ややこしい問題に発展する事もあった。
(千里の担任に真顔で追及された時は、真剣に参ったよな…)
 北尾は『歩く良識』と言われる程、生真面目な性格をしていた。
 本人が一番自覚している事だが、それは彼の一番の長所であり、また短所であった。
 生真面目過ぎて、融通が利かないのだ。
 明らかな冗談は聞き流せば良い。
 分かってはいるのだが、中々上手くいかない。
 やれやれ、と北尾は溜息を吐いた。
 「ワリ、北尾ニガテだったな、こういうこと言われるの」
 黙り込んだ北尾に、神妙な声で町田が声を掛けた。
 悪乗りが過ぎた、と思った様だ。
「…それに、先に言っとくけど、さっきの  東条っていうんだけど、あいつ、見た目と性格にかなりギャップあるからな。あんまり妙な期待すんなよ!?」
 基本的に、クリスマスに集まろうと言う、特定の相手を見つけられなかった野郎共の負け惜しみの様な宴会だ。
 楽しければそれで良いとは言え、さすがにむさくるしい事この上無い。
 町田が唐突に東条忍に声を掛けたのは、せめて外観だけでも整えようと言う空しい努力の表れか。
 しかし、敵は中々一筋縄ではいかないという事を、哀れな幹事は知らないのだ。
 ここは一つ、その点を忠告しておくべきだろう。
「連れて行ったは良いけど、態度が悪すぎて宴会が盛り下がった、位のことは想定しておけよ」
 いくらなんでもそこまでは言い過ぎか、と思いつつ、それでもあの取り付く島も無い下級生の態度を思い出すと、言わずにはいられなかった。
「へー?」
 町田はまるでピンときていない顔をしていた。
「とにかく、態度と口はかなり悪い! 覚悟しとけよ!」
「そんなんには見えなかったけどな。線の細そうな子じゃん」
 町田はあまり北尾の言葉を信じていない様だ。
「騙されてる! 既に、騙されてるよ」
 そうは言ってみたものの、確かに先刻の彼は、学校で会う時の、あの刺々しい空気を纏っていなかった。
 むしろ町田の言うように、線の細い  ともすれば消えてしまう様な、危い存在感。そして  
「なんていうかさぁ、はかなーいって感じだよな! 水野とは対照的。独特の雰囲気  うーん…色気?」
 町田が言いかけた処で、北尾は拳骨をお見舞いしてやった。
 同じ事を思わなくも無かったが、本人にとってそれ程喜ばしくない形容だろうと思ったからだ。
「下らないこと言ってないで、明後日のことツメちまわないと!」
 会費の事や、二次会以降のことをまだきちんと決めていないのだ。
「へいへい」
 気の無い返事をしつつ、町田はタウン誌とペンを取り出した。
 二次会、三次会という流れになっても、慌てなくて良い様に万全の下調べをしておかなくては。
 数箇所の店に、赤ペンでマルを付けた。
 そして、ふと北尾は窓の外に目を向ける。
 窓の外はイルミネーションの乱反射。
 店の中はクリスマス…ソングの大安売り。
 光の祭典と、音の洪水。
 街は、浮かれられるだけ浮かれていた。


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