12月20日 ― 千里 ―

scene.1

 外を通る車の音で千里は目覚めた。部屋の中は真っ暗だ。
 手首に巻かれた布を口で引っ張り、腕時計を確認すると真夜中の一時だった。
「うわ、二十日になってるー。昨日夕飯食べた後すぐ寝ちゃったからー…、二十四時間以上寝てたの!? うわー、信じらんない!」
 机に目を遣ると、今朝の朝食が置かれていた。
「とりあえず、食べとこ」
 この季節なので傷む事はないだろうという希望的観測で、それらの食物を口に運んだ。
「……」
 ハムとチーズの挟まった食パンも、添えられた紅茶もすっかり冷え切っていたので、ただでさえ寒い部屋が余計に寒く感じた。
 ささやかな食事を終えると、千里は通風孔から外を窺ってみた。
 月明りすら届かない闇と、この世から生きている者が消え失せたかの様な静寂だけが、その部屋に横たわっていた。
 その中で、左の手首に響いてくる規則的な音。腕時計の秒針が時間を刻む音。耳に聞こえるというよりは、皮膚に感じる様なその音だけが、外界とこの部屋の時間の流れを同じに繋ぎ留めている。
 一日中眠り続けてしまったせいで、すっかり目が冴えてしまい、もうこれ以上眠れない。
 千里は、本当の暗闇と静寂の中に閉じ込められた。
 世界にただ一人残されてしまった様な、孤独の中に閉じ込められた。
(どうしてだろう…。この暗闇は、忍の瞳と同じ色をしてる)

 頑なで、透明な、硝子の闇  

 今まで夜は上手く眠っていたから気付かなかった、気付かないでいられた、本当の檻。彼が千里に与えたかったもの。
 目を覆いたくなる様な暗闇と、耳を塞ぎたくなる様な静寂  そして、身動ぎすることさえ許されない様な孤独。
 それが、この監獄の本当の表情だったのだ。
 彼は、千里にこれを与えたかったのだ。
(ほんとうの、ひとり)

 孤独というもの  

 毛布に包まり、身体を縮めて固く目を閉じた。
 未だに解らなかった。
 何故、何の接点も無さそうな忍がそこまで自分に拘るのか。
(あ、そうか)
 千里は大きく息を吐いた。
 それは薄ら白く闇に浮び、消えた。
(何か違和感感じると思ったんだけど)
 『嫌いだ』と言いながら、特に危害を加えてくる訳でもなく  昨日は危なかったが  、食事を与え、衣服を与え、この部屋にはユニットバスまで備えられている。
(嫌われてる、というより)
 決して『好かれている』とは感じないが  
(こだわられてる  かな)
 この異常事態に、何をそんな冷静な  と思わなくもないのだが、こうもする事が無いとなると、現状分析するくらいしか時間を潰す事も出来ない。
(ま、カンだけど…多分それほど、危険でもなさそう…なんだよね。それに  

  大丈夫。

  北尾さんが、オレを捜してる。

  きっと、見つけてくれる。

  だから、大丈夫。

 お節介で底抜けに人の好い年上の友人を、千里は思い浮かべた。
 彼と交わした最後の会話はあの穏やかではない言い合いで、それなのに彼は今、千里の事を心配して一生懸命捜してくれている。
 それを思うだけで、纏わりつく暗闇が少し払われた様に感じるから不思議だ。
(思えば、いつもそうだなぁ…。北尾さんって)
 千里は初めて北尾と出会った頃の事を思い出した。


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