Recollection.4 七つの海

 宇宙人に連れ去られた先は、意外にまともなレストランだった。
 個人経営の小さな店だが、内装も整っていて、店員の接客も居心地が好い。
 宇宙人はどうもこの店の常連のようで、店長らしき人物と親しげに話をしている。
「センセイさぁ、その宇宙人でも見るような目、ヤメテよ」
 振り返った宇宙人が苦笑いで七海を見た。
「…津守さんもセンセイって連呼するの止めて下さい。院内では仕方ないけど、正直センセイ呼ばわりされるの、好きじゃない」
 つい半年前まで学生だったのに、今は先生と呼ばれている。
 それに値しない自分自身が、その呼称に違和感を感じている。
「あ、そうなんだー。へぇ…。じゃ、名前教えてよ。知らなきゃ他に呼びよう無いじゃん」
 ごもっとも。
「トキワギ」
 名字だけ、簡潔に答えた。
「下は?」
「下!?」
「大事でしょ。名は体を表すって言うじゃん」
 ちゃらちゃらしているくせに、突然古風な事を言い出す。
「……ナナミ」
 渋々七海は答えた。
 やな事聞きやがるな、と七海は心の片隅で舌打ちをしながら。
 父親が付けたらしいが、音だけ聞くと女性名に聞こえるこの名前が、実はあまり好きではないのだ。
「どんな字?」
「…………七つの海」
「へーぇ、勇ましい名前だなぁ」
 意外な事に、冗談ではなく本当に感心した顔で、彼は嘆息した。
「勇ましい?」
 この名前でそんなことを言われたのは初めてだ。
「だって"七海を渡る"の七海でしょ? 勇ましいじゃん。お父さん船乗りかなんか?」
 七つの海と言うのは、七大洋  七つの大海を示す言葉だと、明人が付け加えた。
 七海は、自分の名前にそんな意味がある事を、今日初めて知った。
 早いうちに父親を交通事故で亡くした為、終ぞそういう話は聞かないままだった。
「…船乗りじゃないけど、そう言えば冒険活劇みたいなの好きだったかな」
 言われてみれば、インディ…ジョ-ンズに代表されるような、冒険モノの映画を好んで見ていた。
 そんな記憶が微かに残っている。
 そして、そんな見解を示してくれた津守明人に対して、七海は少しだけ彼の軽薄な印象を修正した。
 その直後。
 レストランの店長が、彼の前にグラスを置いた。
 白い泡が涼を呼ぶ黄色い液体  ビールだ。
 一瞬で、七海の頭は沸点に達した。
「縫合して痛み止め飲んでるのに酒飲むな! 痛み止め効かなくなるぞ、ばかっ!!!」
 前言撤回だ。
 どこの世界に、縫ったその日に酒を飲む奴がいる。
 もう、明人に対して乱暴に叱り付ける事に躊躇わなくなっていた。
 赤の他人様に面と向かって「ばか」と罵倒する機会など、人生のうちに一体どれだけあるというのだ。
 七海は、今日一日で10年分ぐらい"ばか"と言った気がする。
「あーあ、また怒られた。ごめーん、マスターこれ下げて」
 フザケた態度の割に、彼はいやにあっさり七海の言葉に従った。
 そこが余計に理解出来ない。
 とにかく、傷口がちゃんとくっつくまでの生活上の注意を、もう一度しておいた方が良さそうだ。
「津守さん、あんたね…」
「俺、明人ってのよ。明るい人。まんまでしょ?」
 七海が言葉を発するのに被さって、彼はファーストネームを名乗った。
「え?」
「津守さんてなんか堅苦しくない? 明人って呼んでよ」
「は?」
「一方的だと気遣っちゃう?」
「何?」
「じゃあ、俺はセンセイのこと七海って呼ぶからさ。あ、いいじゃんいいじゃん。すげぇ仲良しみたいで」
「何!?」
 厚かましいにも程がある。
(今日初対面の相手に対してのっけからタメ口利いた挙句、いきなりファーストネームを呼び捨てにするか!?)
 しかし、あまりにも厚かまし過ぎる相手に一瞬言葉を失ってしまった七海は、言い返すタイミングを永久に逸してしまった。
「よろしくー、七海」
 この時も明人はやはりへらへらと笑っていた。
(だめだ…完全に向うのペースにのまれてる)
 あまりにも相手がまともでは無さ過ぎて、七海は完全に自分のペースを見失っていた。


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