2.桜川病院救命救急部/医局  12月17日 AM11:00

 早足で医局に戻ったが、件のカウンセラー氏はまだ到着していなかった。
 どうやら、間に合ったらしい。
「長い10分だな」
 そんな事を言って、人の悪い笑みを浮かべているのは医局長だ。
「どうもすみませんね」
 カケラも悪そうではない声で、七海が応えた。
「お前さんの大事な手下、やっぱり返してやろうか?」
 医局長が、更にしつこく七海を揶揄った。
「要りませんよ!」
 今度は弾かれたような即答。
(要らないって  
 ちょっとひどくないですか、と思わず要の方が七海に突っ込みそうになってしまった。
 そんな要と七海の顔を交互に見遣り、医局長は咽喉を鳴らせて笑った。
「お前ら、どっちも図星指されると弱いねぇ」
 実に愉快そうな声だ。
「図星って…」
 と、うんざりした声で要が呟いたのは、七海のそれとほぼ同時だった。
「医局長、最近人の悪さに磨きがかかりましたよね」
 呟きに言葉を重ねたのは、七海だ。
「常日頃から練磨する事に余念が無いからな」
「もっと他のところで練磨して下さいよ」
「以後、心掛けるとしよう」
 そう答えながら、医局長が浮かべたのは全くその気の無い笑い。
「それで医局長、アイツ、まだ来てないんですか?」
 医局長の冗談は程々で横へ流し、七海は医局の中をぐるりと見回した。
 アイツというのはカウンセラーの事なのだろうが、二人の口ぶりからしてERとは程々の交流がある人物のようだ。
「いや、まだだが。何時の約束なんだ?」
 医局長が首を横に振った。
「11時なんですが…。おかしいな、時間には正確な奴なのに」
 七海が首を捻る。
  なあ、常盤木…アイツのID申請したか?
 スタッフ登録が出来てないと医局まで来られないんじゃないかと思うんだが?」
 桜川病院では、すべてのスタッフをバーコード化したIDで登録し、管理している。
 スタッフエリアには、登録済みのIDカードが無いと出入り出来ないのだ。
 非常勤職員、派遣スタッフなどは、事前に配置予定部署の責任者がID登録の手続きをしなければならない。
「あ、忘れてた…!」
 椅子を派手に鳴らせて七海が立ち上がる。
「やっぱりなぁ。今朝、俺が業活を確認した時、登録スタッフに名前が上がってなかったからおかしいとは思ってたんだ」
 対照的に、飄々とした態度で医局長が言う。
「そういうことは今朝確認した時点で言って下さいよ! もうっ!
 とにかく、迎えに行ってきます!」
 言うが早いか、七海は医局を飛び出していった。
 カウンセラー氏を出迎える為である。
「つか…、総務課に内線入れて、サーバーに登録情報流した方が早いんじゃ…」
 珍しく慌てた様子の七海に驚きつつ、要は呟いた。
「まあ、常盤木と奴は昔からプライベートでも行き来がある仲良しこよしだからな。
 ついでに出迎えにいくんじゃないか」
 これまた珍しく、日常人の悪い医局長が微笑ましげな笑顔を見せた。
 その笑顔以上に、要のセンサーに引っ掛かった単語は  
「なかよし…こよし??」
 七海と。
 その、カウンセラーが。
「ありゃ、聞いてなかったのか」
 知らなかったという表情の要に、医局長が意外げな顔をした。
「はあ、全く…」
「顔合わせる前にちょっとくらい前説しときゃいいのに、常盤木も面倒くさがりだな。
 今から来るのは綿貫っつって、インターン時代に一時期外科にいた事がある奴なんだ。
 今はスクールカウンセラーが本職だが、救急医療をある程度理解している精神科医ってな貴重なんでな。
 時々こうして助っ人に来てもらってるって訳よ。二人とも人付き合いの良いタイプじゃないのに  
 いや、だからかもしれんな。
 綿貫が外科医局を出た後もたまに一緒に遊びに行ってるみたいだぞ。
  年は常盤木の2年下だったか。」
(へぇ…)
 意外な事実だ。
 嫉妬は感じなかったが、驚いた。
 実は、七海の口から友人の話というものを聞いた事がなかったからだ。
(普通に、仲の良い人いるんだな)
 妙なところに感心してしまった。
 考えてみれば、友人の一人や二人居るだろう。
 けれども。
(七海さんとはほとんど同居してるも同然なほど一緒にいるのに、顔どころか名前も知らないってのは、不思議を通り越して不自然だよなぁ…)
 隠しているのかと思うくらいに、七海は、自分の話をほとんどしない。
 だから、親しい友人など知らない。
 家族の事もほとんど知らない。
 教授と親戚だなんて話も、以前に喧嘩になってしまった時、彼の口から成り行きと勢いで飛び出して、それで初めて知ったほどだ。
 そのくらい、彼は能動的には自分の事を語らない。
(慣れたって言や、慣れたけど…)
 秘密主義の七海。
 少し寂しいと思うのは、自分が子供なのだろうか。
(ああ、自己嫌悪…。情けねぇ)
 凹む自分に対して余計凹む、嫌なループだ。
 溜息が洩れたその瞬間、医局のドアが開く。
「お待たせしましたー」
 まるで何かのデリバリーの様な声とともに、七海が戻ってきた。
 その後ろから続いて入ってきたのは、七海より少し背が高く、かなり細身の人物。

 その、第一印象は  

 モデル並みの美人。

   だった。

(女性…? それとも、男か??)

 女性にしては、背が高い。
 男にしては、線が細すぎる。

 即座には性別が判断出来ない容貌をしている。
 ここは、迂闊な事は言わないようにしよう。
 要は、相手が紹介されるのを待つ事にした。
「何人か初対面のフタッフもいるだろうから、一応紹介しとく。
 今回、臨時のチームスタッフで入ってもらう、カウンセラー兼外科医の綿貫先生」
 親指で背後を指し、七海が雑な紹介文を述べた。
(確かに、こりゃ仲良しだ)
 瞬間、要は悟った。
 彼は、親しい相手であればあるほど、態度が雑になる。
 安心感と、照れ隠しなのだ。
「ご紹介に預かりました、カウンセラーの綿貫です。
 短期間ですがお世話になります。宜しくお願いします」
 対照的に、綿貫と名乗った医師は簡潔ながらそつの無い挨拶だった。
 その物腰も、非常にスマートだ。
 七海は綿貫を『カウンセラー 兼 外科医』と言ったが、本人はその挨拶から『外科医』の部分を端折った。
 一時期は外科に所属していたという綿貫医師は、それを標榜する気は無いらしい。
 そして、その声から目の前の『美人医師』がどうやら男性である事が汲み取れた。
(いや、声の低い女性って事も…さすがに無いか)
 女性なのか、男性なのか  どちらだろうかと判断しかねていたのは確かだが、いざ男と分かると、やはりどこか信じられない気持ちになる。
 女性だと言われても、おそらく同じ気持ちになっただろう。
 性別を分けさせない雰囲気の人物だ。
 メンタルを扱うからなのか、個性なのか  
(この人が、七海さんの…友達)
 まじまじ見てしまったために、目が合ってしまった。
「初めまして、ですね。綿貫です」
 瞬間、彼が微笑み、要の前にその右手が差し出された。
「あっ、ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません。桜川ER前期研修医の遠藤です。宜しくお願いします」
 握手を交わした手は、やたらに華奢で、色白で、薄い皮膚の下  血管が透けて見えている。
(うーん…やっぱりとてもじゃないが、同性とは思えない…)
 浮世離れしている、或いは、人間のにおいがしない  そんな印象だった。
「遠藤、浮気すんなよ」
 いつの間にか隣に移動してきたらしい七海が、不穏な言葉を囁く。
「しっ…しませんよ!! いくら綺麗でも、男性じゃないですか!」

   あ。

(しまった——)

   隣に立つ
   その人は
   確かに
   要の 恋人で
   綿貫医師とも 要とも
   同じ  男、だ。

 要は、思わず自分の口を手で覆った。
(今のは…2重に、失礼  だったんじゃ)
 同性は恋愛対象として認めていない。
 或いは、七海を男性だと思っていない。
 そんな風に取られても仕方ないような言い方をしてしまった。
 そして、一度口から出てしまった言葉は消えない。
 要の横で、七海は小さな溜息を吐いた。

 そして、素っ気なく言った。

「冗談だ。真に受ける奴がいるか」
 ふい、と視線を逸らし、彼はその足を綿貫の方へ向けた。
(今のは…最低…だ)
 掛ける言葉が見つからない。
 そうしている間に、七海は綿貫とカンファレンスを始めてしまった。

 噛み合わせが悪い。

 タイミングが合わない。

 伝えたい言葉が、気持ちが、上手く伝わらない。
  かと言って、別に喧嘩してる訳でもなく。
(いっそのこと喧嘩にでもなった方が本音を聞けるのかも  
 しかし。
(本音…?)
 本音とは何だろう。
 何もかもが中途半端過ぎる。
 そんな感じだ。
「………ぅ、……んどう  遠藤!!」
 バシッと、七海の手が要の額を打った。
「はっ、はいっ!?」
 我に返る。
「何をボケッとしてんだ、お前は! 今の話、聞いてたのか!?」
 七海が呆れ顔で仁王立ちしている。
「すみません、聞いてません…でした  
 要が下げた頭の上から、七海の細い溜息が聴こえた。
 頭が、上げられない。
「………か?」
 重ねて降ってきた呟きは、独り言の様な小ささで、ほとんど聴き取れなかった。
(え? …今、何て?  
 要が視線を向けると、七海は僅かに苦笑いしていた。
「まぁ、いいや。とりあえず古賀雄介の病室行ってこい。ゆっきーと一緒に」
 七海が親指で綿貫を指している。
 ゆっきーとはどうやら彼のあだ名のようだ。
「は?」
 話の展開が見えず、要が目を丸くしていると、七海はやれやれと肩を竦めた。
「良い機会だから、カウンセリングの見学させてもらえ  って話をしてたんだよ。
 ほら、さっさと行け!」
 べしっと背中を叩かれる。
 水を向けられた綿貫は、要に視線を合わせると、柔らかく微笑んだ。
「参考になるかどうか分からないけれど、宜しく」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 姿勢を正して、礼。
「それでは行きましょうか。病室まで案内をお願いします」
 カルテと鞄を手に、綿貫はドアへと体を向けた。
「はい」
 初対面の綿貫と共に、医局を出る。
 七海は来ない。
 綿貫を救急病棟へ案内する道すがら、要の頭の中で、先刻の七海の呟きがじわりと滲み、ゆっくりとその言葉が浮き出してきた。

『遠藤は、第一外科の話で頭が一杯…か?』

 そう呟いた七海は、苦笑いしていたのだ。
 仕方が無い、と諦めるみたいに。
(こんな事じゃ浮ついてると思われるぞ、しっかりしろ、俺!)
 自分の頬を両手で叩いて、気合いを入れ直す。
(とにかく今は勤務に集中!
 考え事は後だ、後!!)
 救急と外科、どちらを選ぶとしても、それで今の研修を疎かにしているとだけは思われたくない。
(そうだ  
 恋人として、男として、生徒として、医師として、今、一つの分岐点に来ている。
 最近ずっと感じていた違和感の正体が、ようやく、ぼんやりとその輪郭を現した。


前頁ヘ戻ル before /  next 次頁へ進ム

+++ 目 次 +++

Scene.3 空 想 科 学

PAGE TOP▲

+++ 目次 +++ 

    本編
  1. 嘘の周波数
  2. Ancient times
    夏祭り SS
  3. 抗体反応
    After&sweet cakes SS
  4. 依存症 [連載中]
    自殺企図
    渡辺教授
    ⅲ空想科学
    scene.1
    scene.2
    scene.3
    scene.4
    scene.5
    疑似科学
    幻覚肥大
    共鳴振動 NEW!
    番外編
  1. 真実の位相
  2. 二重螺旋
    企画短編
  1. 50000Hit記念
    Stalemate!? [完結]

拍手してみる。