3.遠藤小児科診療所前  12月16日 PM9:30

 教授に伴われ、半年ぶりに我が家の前に着いた要は、そのタクシーが角を曲がって姿が消えるのを見送るなり、鞄の中から携帯を取り出した。
 すると、予想より早くそれは繋がった。
  遠藤』
 ディスプレイに名前が表示されているのだろう。
 相手は、こちらが誰であるかを確認しなかった。
「今から、そっち行っても良いですか?」
『え?』
 電話の向こうの七海が頓狂な声を出した。
 当然だ。
 わざわざタクシーで自宅へ戻った後に、何故、と思うだろう。
「多分、30分くらいで着くと思うんですけど…」
 更に到着予定時間を付け足し、相手の反応を待った。
 どうしても今夜のうちに会っておきたかった。
 そこに、言い表し難い焦燥感があったから。
  気持ちがどこか擦れ違っている。
  何とかそれを払拭したい。
 そんな焦りが  
『別に、良いけど…お前がしんどくないなら』
 怪訝そうな声だったが、一応了承は貰えた。
「それじゃあ、今からそっちに戻りますね」
 通話を切った。
 七海の気が変わらないうちに移動しなければ。
 結局玄関の前まで来ていながら、自宅には立ち寄らなかった。
 大きな通りでタクシーを掴まえ、今さっき来た道を逆に辿る。
 比較的道が空いていたお蔭で、20分少々で七海のマンションに到着した。
 時間は、22時を少し回っていた。
 マンションの正面玄関のベルを鳴らす。
  勝手に上がって来いよ。何でわざわざ鳴らすんだ』
 何秒か待った後、やや抗議めいた応答が返ってきた。
 それと同時に玄関が開く。
 何だかんだ言いながら、ロックを解除してくれたらしい。
 早足で中に入った。
 逸る気持ちでエレベータに乗る。
 11階、南端の部屋へ向かって更に歩速度が上がる。
 ちょうどドアの前に立った時、目の前のそれが開いた。
「遠藤、足音うるさい」
 目の前に現れた部屋主に、いきなり睨まれた。
 もう寝るところだったのか、すっかり寝間着姿である。
「す、すみません」
 どうも、相当大股になって歩いていたようだ。
「さっさと入れよ」
 そう言って、七海は愛想も無く玄関から消えた。
 慌ててその背中を追う。
 彼は、風呂も既に済ませたらしい。
 廊下には、薄っすら湯気とそれに混じって石鹸の匂いが漂っていた。
 そして、その先に現れたのは、相も変わらず殺風景なリビング。
 テレビも、オーディオも無い、ただ寝るためのマットレスだけが置かれた部屋。
「何か飲むか?」
 いつの間に移動していたのか、キッチンカウンターから声を掛けられる。
「あ、じゃあ、お茶下さい」
「茶~?!」
 不服そうな声が返ってきた。
「酒はもう、晩飯ん時に十分頂きましたよ…。これ以上酔ったら話できないです」
 いつも寝ているマットレスを背に、要は思わず正座していた。
「だから、何をそんな今更改まってするような話あるんだよ。多分、さっき大体聞いた通りなんじゃないのか?」
 そんな要の向かいに、お茶のペットボトルとコップを二つ手に持った七海が腰を下ろした。
「いや、それは…そうなんですけど」
「じゃあ、何だよ?」
 訝しげな顔をしながら、七海が要にコップを手渡した。
 ありがとうございます、と 受け取り、そのままそれを脇に置いた。
「今後の事  なんですが」
「だから、さっきほとんど聞いたじゃないか」
「いえ、ホントはもっと早く相談したかったんですけど、何かタイミング外しっ放しで  だから、今更なんですけど…」
「ここのところ、バタバタしてたからなぁ。
 別に、今日の話は気にしてないよ。大体恭介さんはいつも強引だからな。言い出したら聞かないって言うか  
「あ、…まあ、それも、あります…けど」
 気にしていないと言う七海の言葉に、安堵の息が洩れる。
 しかし、その反面、素っ気無さを感じてしまうのは、少々気にし過ぎと言うものだろうか。
「何だかさっきから『けど』ばっかりだな」
 そう言って七海は小さく笑った。
「別に、今日の事なら僕は本当に気にしてない。恭介さんのあの性格は誰より僕が知ってるから。有無を言わさないだろ? あの人は  
 少々苦味の混じった笑顔で七海はそんな言葉を付け足した。
「はあ、確かに。正直、こんな早く返事を訊かれるとは…思ってませんでした」
 即断即決と言うのか  とにかく、フットワークの軽い人物である事は確かだ。
 そして、立場などというものを考慮せず、率直に言わせてもらうならば、確かに強引だ。
 決断を委ねている様で、その実、処遇は既に決めている様な  
「だろ?
  だから、気にしてない。
 遠藤は、遠藤の望むように結論を出せばいいよ。流される必要なんて無いんだから。
 その事で、恭介さんが何か仕掛け
…お前を守るのは、僕の仕事だ」
 穏やかで、それでいてどこか決意めいた声音。
 その言葉を聴いた途端、要の身体が勝手に動いた。
 衝動的に、七海の身体を抱き締めていた。
「遠藤?」
 戸惑った声が、彼の口から洩れた。
(違う)
 自然に、腕に力が込もる。
(違うんだ)
 困惑している様子で、七海が要の胸を押し戻そうとした。
 それを無視して、要は更に腕に力を込めた。
(俺が、守りたいんだ)
 守られてばかりではなくて。
 守れるように。
 支えられるように。
 そんな人間になりたい。
 その為に必要な事が何なのか。
 それが、分からない。
「痛いって…どうしたんだよ」
 要の心中など知る由も無く、七海が身体を捩った。
「お前、力が強いんだから…ちょっと加減しろよ」
 息苦しそうな声に、要は慌てて腕を緩める。
「すみません」
 どうしたらいいのだろう。
 泣きそうな気分だ。
「疲れたんだろ? 難しい事考えるのはやめにしたら?」
 七海が、押し戻した胸を撫で下ろす。
 落ち着け、とでも言いたげに。
「そう…ですね」
 焦ってばかりで。
 先の事は何一つ見えない。
 いや、薄ぼんやり見えてはいる。
 ただ、そこに自信を持てない。
「ほら、風呂でも入ってこいよ。僕もさっき入ったばかりだから、まだ湯船も冷めてないだろうし」
 肩を叩かれ、浴室へ送り出された。
 そして、より深まる焦燥感に取り巻かれながら、浴室へ向かった。


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+++ 目 次 +++

Scene.2 渡 辺 教 授

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+++ 目次 +++ 

    本編
  1. 嘘の周波数
  2. Ancient times
    夏祭り SS
  3. 抗体反応
    After&sweet cakes SS
  4. 依存症 [連載中]
    自殺企図
    ⅱ渡辺教授
    scene.1
    scene.2
    scene.3
    scene.4
    scene.5
    空想科学
    疑似科学
    幻覚肥大
    共鳴振動 NEW!
    番外編
  1. 真実の位相
  2. 二重螺旋
    企画短編
  1. 50000Hit記念
    Stalemate!? [完結]

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